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土屋輝之 不動産業界歴NO1。不動産売買とマンション管理のスペシャリスト。
元マンションの販売センター長。 販売一筋から、ユーザーのため一筋へ。
知識・技術力・人間性は言う事なし!!癒し系
1957.3.23生まれ とり年 A型 おひつじ座
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まじめなコラムはこちら tsuchiya@sakurajimusyo.com
BLOG ここがヘンだよ!マンション管理

2006.11.07

コカ・コーラとビートルズ
出合った時には大嫌いだった物でも、数年後には大好きになるということがあります。
私もこのような経験は数多くありますが、代表的なのは「コカ・コーラとビートルズ」
しょうか。

コカ・コーラとの最初の出会いははっきりしませんが、たぶん幼稚園くらいだったと思い
ます。
それ以前も店に並んでいるのは見たことがありましたが、手にすることは無くもちろん
飲んでみたことはありません。
その頃の清涼飲料水といえば、「○○○サイダー」とか「○○○ジュース」といったものが
巾をきかせていた時代です。
○○○と書いたのには訳があって、サイダーやジュースはメジャーなメーカーのものも
ありましたが、マイナーな地元メーカーも数多くあったと記憶しています。

確か、「トモエ」とかいう名前のサイダーがあったはずで、映画館などでは「チョコップ」と
いうチョコレートドリンク風の飲み物や名前が思い出せないのが残念なんだけど、ちょっと
小振りのビンに入った10円か20円くらいのメロンソーダやイチゴソーダもあった。
その頃、映画の入場料がいくらだったのかは記憶が無い。

話が余談になりました(この日記すべてが余談だったりして、、、)が、そんな時代の
コカ・コーラは値段設定も高級で何となく敷居の高い飲み物だったのです。
小学校低学年の頃に初めて口に含んだときは、薬のような臭いと味に感じられ美味
しいという感覚はまったくなかった。
また、夏には海辺で体にコカ・コーラを塗って日に焼いている若い人達も見た記憶が
あります。

ビートルズが来日したのは1966年でしたから、昭和41年で今から丁度40年前のこと
です。
来日直前にはマスコミでも、いろいろな物議がありテレビでコメントしていた年配の女性
が「ビートルというのはバイ菌という意味です。」と言っていたのをはっきり覚えています。
これってたぶん、ビールスと勘違いしていたんでしょうね。
また、多くの大人達が「ビートルズを観たり聴いたりする連中は不良だ。」と言ってました。
さらに、コンサート会場が武道館だということも日本武道の伝統を損なうという意見があり
大きな波紋を呼んだのです。

9歳の頃でしたから、テレビに出ている人達がそう言いっていたのをそのまま信じ、それ
程興味も無かったので悪いものだということで自分の中で封印されたのでした。
2〜3年後に7歳離れた姉がビートルズのレコードを聴き、「ビートルエージ」という確か
隔週刊の雑誌を読んでいましたが、親はそれを叱っている様子も無かった。
これも記憶があいまいなのですが、その頃にはビートルズは既に不良が好むものという
レッテルが剥がされていたような気もします。

そして、来日から4年後私が中学1年生になった時に映画「Let it be」がやって来ました。
中学に入ってから友達になった奴が観に行こうと言い出し、言われるままについて行き
背伸びして本当は好きではないコカ・コーラを飲みながら「Let it be」を観たのです。
そして、13歳の少年の心に感動という決定的なくさびが打ち込まれたのでした。
また、コカ・コーラの味もちょっぴり大人びた感じで決して不味いとは思わなかった。
残念ながらビートルズはこの1970年に解散したのですが、私は「コカ・コーラとビート
ルズ」がこの世で最も好きなものに替り、毎日コカ・コーラを飲みながらビートルズの
音楽を聴く日々が数年間に亘り続いたのです。

ビートルズが来日してから、この僅か4年の間に日本の若者文化は大きく変貌を遂げた
ことは確かで、ビートルズの来日によって飛躍的に加速したのでしょう。
今の時代は僅かな期間で、人の価値観が大きく変わるということが無いのは当時に比べ
文化が成熟し個々が確立したからなのでしょうか。
それとも、エネルギーがなくなってきたのでしょうか。

2006.11.05

「琥珀色の憧れ」
もう25年くらい前のことだろうか、ようやくウイスキーの呑み方が少しだけ分かりはじめた
頃、私は「SUNTORY」のウィスキーを好み愛飲していた。
その頃、よく通っていた「JAZZ飲み屋」のおやじA氏(私のJAZZと酒の師匠です)が、
どうせウイスキー呑むなら「NIKKA」だろと言い、日本のウイスキーの夜明けについての
薀蓄をのたもうた。

話は日本のウィスキーの父と呼ばれる、ニッカウヰスキーの創設者で日本にスコット
ランドのウイスキー製造技術をもたらした故「竹鶴政孝」氏の留学・結婚・帰国のエピ
ソードに始まり、やがて造られることになった「第1号国産ウイスキー」誕生、そして
ニッカウヰスキーの創設、そしてスコットランドで出会い結婚した「リタ夫人」とのエピソ
ードといった具合で、それは壮大な日本ウイスキー物語と言えるのだった。

以来、いつかは「北海道余市町」(毛利 衛 博士の故郷でもあります)にある、ニッカ
ウヰスキー余市蒸溜所へ行ってみたいと思い続けることになった。

もともと忙しいのが常だがこの頃特に気忙しく働くことが多くなり、休養と気分転換に
永く続いた夢を叶えるため琥珀色の憧れの旅にでることにした。
ついでにもう一つの思いを遂げるために、小樽にも寄ることにする。
計画は10月末に実行することに、少しドキドキしたがとても待ち遠しく嬉しかった。

先ずは、北海道余市町までどのようにアプローチするかを考えたが、思い続けた時間
を考えると空路はあり得ない、とすれば残すは海路か鉄路だが時間の制約もあり、結局
はブルートレインに落ち着きました。
でも、今回は仕事で札幌に出張する時の「北斗星」ではなく、カミさんが一緒なので
全室A寝台ツインの「カシオペア」にすることになった。
この選択は、私の中で今回の余市行を更に盛り上げてくれた。

これも憧れの一つでした
JR東日本の雄「カシオペア」
新鋭車両の凛々しさがある
入口から見た室内の様子
さすがにゆったりしています
クルージングヨットのバースよろしくソファを伸ばすとベットに早替り、なんかワクワクするんだなこういうのが、、

10月24日、横浜から上野へ向かう途中、渋谷で途中下車してワイン・ビール・チーズ・オードブル・などなど買い込み、札幌まで約16時間30分の極上時間へ、いよいよ出発します。

2006.11.02

「基本中の基本」
先日、千葉県某市の大型マンションから管理調査報告の依頼があり現地調査を行なった。
竣工後約3年を経過するこのマンションは、既に共用部チェックやその他の業務依頼
もありご縁が深いものとなっています。

管理調査報告では管理委託費用だけでなく、清掃や設備の維持管理状態などについて
も現地調査を行ないますが、色々なマンションの管理状況を拝見することが多い私が
あっと驚くような清掃状態でした。

汚い、それも見事に汚いのです。
とても、日常清掃や定期清掃がまともに実施されているとは思えない有り様なのです。
写真でお見せできないのが残念ですが、共用廊下の床はドロドロ、コンクリートの手摺壁
は縞模様の汚れがひどく、廊下の端にある排水溝は泥が堆積していて各住戸のポーチ
に至っては、ここしばらくは清掃された形跡は見当たらないという惨憺たる状況でとても
築年数相応には見えません。

マンション共用部の清掃とは、計画力と技術力の結晶でこの両輪が上手く転がらなけれ
ば建物は綺麗になりません。

しかし、住民の方々は一気に汚れるのではなく徐々に汚れが強くなっていくために、
意外に気付けないことが多いのです。

清掃で悩まれているマンション住民の方は多いものですが、根本的な改善が必要な場合
にはやはり専門家の意見を聞くのが解決への近道です。
清掃はマンション管理の基本中の基本です。
たかが清掃などと高を括らずに、改善への解決策を模索してください。

2006.11.01

「驕れる者は久しからずや」
あぁーーー早くもというかとうとう11月になってしまった。

日々業務に追われ、依頼者の方々へ色々な側面のコンサルティングを行なっていると
自分の知っていることと、知らないことの境目が明確でなくなる事があります。
ともすると、自分が不動産コンサルタントとして完成されているような錯覚に陥ることも
あります。

しかし、間もなくそれが錯覚で幻であることに気付かされ現実に引き戻されます。
目指したものや志したものを、いつまでも現在進行形で道を追い求め自分を研ぎ澄ませなければ、己が姿の幻から醒めることなく「驕れる者は久しからずや」の譬えどおり、平家
物語のように盛者必衰の道を歩むことになるでしょう。

月初めなので格言です。

子曰、由誨女知之乎、知之爲知之、不知爲不知、是知也 
(論語)

子のたまわく、ゆう、なんじにこれを知るをおしえんか。
これを知しるをこれを知るとなし、知らざるを知らずとなす。
これ知るなり。

知っていることと、知らないことの境目をはっきりと認識することが、本当に「知っている」ということだ。というような意味でしょうか。
知っていることと、知らないこと。
できることと、できないこと。
これらが明確に見えてくればゴールは近いということだろうが、考えれば考えるほど道は果てしなく遠い。

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