マンションの価値は住人が創る
神奈川県川崎市の「パークシティ武蔵小杉ミッドスカイタワー」は、全707戸、推定2500名が居住する、高さ約200メートルの超高層タワーマンションです(写真6)。
管理組合は理事14名と監事2名。役員の選出には立候補と輪番を併用し、任期は2年。理事を断る場合には「理事会協力金」として管理費の50 %(任期分)を徴収するといった体制をとっています。
管理組合について理事の志村仁さんは、「〝推定人口2500人の街〞を束ねる管理組合の最も大事な使命は、ゆるぎない財務基盤(カネ)です。目指すのは、なるべく住民負担を増やさずに自動的に稼げるマンション。次にハードの維持管理(モノ)、その上で防災や交流(ヒト)が実現できる」と話します。
ミッドスカイタワーは超高層タワーマンションとしては珍しく、管理費が平米238円、修繕積立金が216円とリーズナブルな設定です。しかし、当初の財政状態はすさまじいものでした。一般会計は6%の赤字。そのままでは、早ければ4年目に管理費の値上げを余儀なくされる状況でした。さらに修繕積立金は10年後に3倍、20年後に5倍になるといった長期修繕計画でした。これでは、住宅ローンを払い終えても、将来にわたる管理費や修繕積立金の支払いは膨らむ一方でした。
このことに気づいた住民有志は、財政の根本的な見直しを決意します。
まずは管理費一般会計の赤字の解消を目指し、2年目、3年目に大幅な経費削減を進めます。東日本大震災直後には大節電を断行したほか、管理会社などとの長期にわたる折衝の末、委託管理費や外注契約費を節減。これにより年間3500万円の支出削減を達成し、これまで赤字だった一般会計収支を黒字化します。管理費の値上げをせずに、徹底的な固定費削減とムダ使いの抑制に努めました。
「建物は買った瞬間に負に向かうもの」と理事長の松尾恵司さんは言います。2年のアフターサービスが切れる前に、さくら事務所に依頼して、地下ピットやエレベーターシャフト外壁など立ち入り困難な箇所を中心に徹底的なインスペクション(建物調査)を実施しました。
このインスペクションには約400万円かかりましたが、調査結果をもとに売り主と交渉した結果、なんと総額1億3000万円相当の無償修繕を実現します。保証が切れる前に、アフターサービス、瑕疵担保修繕を活用することができました。
続いて収入増です。ミッドスカイタワーには「有人カフェラウンジ」「すべての階にセキュリティーゲート」など豪華な施設設備があります。需要の高い設備、施設の料金を高めに設定し直す一方で、不人気のものは低めに変更するなどして総収入の増加に努めました。こうした取り組みによって、一般会計は10%の黒字に改善できました。「与えられた環境に満足しない、足りないものは自分で作る、言い値で納得しない、業界常識を鵜呑みにしない。これがパークシティ武蔵小杉ミッドスカイタワーの鉄則です」と志村さん。
3年目には、玄関ロビーにデジタルサイネージ(電子看板)を設置。東日本大震災の教訓から、人の集まるロビーに大画面のディスプレーが必要と判断しました。日常は公示用のデジタルサイネージとして使用します。震災などの停電時には小型発電機によって作動します。
5年目にはトランクルームを増設。初期設定のトランクルームでは足りないとの住民要望に応え、3年かけてマーケティング調査・設計・業者選定を組合主導で行い、通常の40 %程度のコストで収め、4年程度で工事費を回収できる状態にしました。
また外構部植栽の全面改良に着手しました。武蔵小杉駅の駅前開発が完了したことを受け、周辺環境にフィットさせるのが狙いです。マンションの植栽は一度植えたら放置というのが一般的なのですが、常時適切に手入れが行われるフルメンテナンス契約に切り替えました。
12年目、24年目などに定期的に必要とされる大規模修繕については、時期が来たら自動的に設備や機器を取り換える修繕のあり方はおかしいと、日常修理と大規模修繕を分けない、「状態監視型」を目指しました。たとえば3000万円と見積もられていたポンプ機械の入れ替え費用は、精査するとパーツ交換の80万円で足りました。
さらに先を見据え、4年目に長期修繕計画の大改定を行いました。ミッドスカイタワーのような超高層タワーマンションは、分速200メートルの高速エレベーター、高さ200メートルの水圧ポンプなどが備えられていますが、こうした特注の最新設備を将来更新する場合、20〜30年ごとに数十億円のコストがかかります。
タワーマンションは一棟一棟、ゼネコンがその時点で持つ最新の工法を駆使して造られています。資材や設備は特注で汎用品が使えないことも多く、ただでさえコストがかさむ傾向にあります。
そこで、すべての設備や施設のライフサイクルコストを洗い出し、これらを十分に補うことができるコストを算出、それを毎月・毎年積み立てていくといった手法をとりました。月額約7000円だった修繕積立金は約1万7000円へと引き上げられました。元の計画では修繕積立金は5年ごとに値上がりし、築20年で月3万円近くになる計画でした。そもそも計画期間も30年しかありませんでした。
「50年安心計画」を立案
そこで、ミッドスカイタワーでは計画期間を50年とし、期間中は大災害や超インフレでも起こらない限り、修繕積立金が変わらない「50年安心計画」を立てています。目先の負担額は上がりますが、長期的な視野と計画を踏まえた案に対し、住民から大きな反対の声はありませんでした。
また、機械式駐車場は、保守点検、臨時修理、定期修繕など維持管理に莫大な金がかかります。駐車場収入はすべて修繕積立金に回っているわけではなく、一般会計(管理費)に充当されているという問題がありました。これでは将来、駐車場の稼働率が低下した場合、駐車場単体での収支が合わなくなるはずです。17年の稼働率実績は84%でしたが、66%を切ると、単体で赤字になることがわかりました。
そこで、駐車場収支を他会計から分離し、単体での収支を「見える化」し、理事会や総会で収支バランスを情報共有することで、財政の実態を把握できるようにしました。駐車場の稼働率を上げるために一部は外部貸しも実施しています。
ゲストルームなどその他施設の収支改善策としては、稼働率の低い施設の料金を下げる一方で、稼働率が高い施設料金を上げました。その結果、かつて50万円程度だった諸施設からの収入は180万円程度へ改善しています。
プライマリーバランスで経営状況を把握
志村さんは「管理組合のプライマリーバランス分析が必要です」と話します。プライマリーバランスとは「基礎的収入と基礎的支出の差額」を指し、国や自治体などの財政収支分析に使われる手法です。これと同様の考え方を、管理組合運営に採用します(図表25)。