マンションの“寿命”の概念が変わる⁈ 区分所有法改正で考える「マンションの終活」

マンションの寿命は70年とも100年とも言われていますが、2026年4月1日に施行される区分所有法の改正によってマンションの寿命という概念が大きく変わろうとしています。
現在も寿命を迎える前に建て替えや売却といった選択肢を取ることができますが、実現可能性が低く、多くのマンションは出口が見えないまま長期修繕計画を立て、維持・管理を続けている状態です。しかし、区分所有法改正後は多様な「終わり方」を選択しやすくなります。一方で、管理組合にはこれまで以上に戦略的な視点が求められることになるでしょう。

マンションの寿命は物理的な耐用年数だけでは測れない
これまで、マンションの寿命は主にコンクリートの物理的な耐用年数を基準に語られてきました。コンクリートの寿命はおおむね100年とされることから、マンションも100年住み続けられるという見方が一般的です。
しかし、現実には築100年を超えるマンションは国内に存在しません。「100年」という数字は理論上の年数であり、実際には維持・管理の状況に大きく左右されます。
建物の長寿命化には適正なメンテナンス・修繕が不可欠
コンクリートの寿命は100年だったとしても、コンクリートを覆うタイルやエレベーターなどの設備、配管はメンテナンスや交換が不可欠です。コンクリートの中性化を防ぐためにも、定期的な修繕が欠かせません。
さくら事務所が実施した建物劣化診断では、築40~50年であっても、適切なメンテナンスや修繕が行われてきたマンションでは中性化がほとんど進行していない事例も見られます。こうしたマンションは、耐震性の確保も含めて今後も適切な維持管理を続けていけば、100年以上の長寿命化も現実的といえるでしょう。
マンションの維持・管理の限界
マンションの長寿命化には、建物自体のハード面だけでなく、資金面の持続可能性も欠かせません。しかし、マンションの経年化とともに住民の高齢化も進行し、次第に修繕積立金の負担が難しくなるという構造的な課題が浮上します。理論上は100年以上住み続けられるとしても、ハード面と資金面の両立なしにマンションの長寿命化は実現しません。
建て替え事例はごくわずか

こうした課題を解決する手段として期待されてきたのが「建て替え」でした。マンション建替円滑化法の施行や改正などによって徐々に建て替えや敷地売却をするマンションは増えているものの、2024年4月1日時点のマンションの建て替え実績は全国でわずか297件にとどまっています。

建て替えが進まない最大の理由は、経済的な実現可能性にあります。修繕積立金だけで解体から新築まですべての費用を区分所有者が負担するのは現実的ではなく、多くの場合、デベロッパーが参画する「等価交換方式」に頼らざるを得ません。等価交換方式は、現在の建物よりも大規模なマンションを建設し、増床分の売却益で建て替え費用を捻出する仕組みですが、この手法には容積率という大きなハードルがあります。
既存の容積率を大幅に上回る建設許可を得ることは難しく、仮に可能だったとしても、日本全国でタワーマンションなどの大型マンションが乱立する事態は景観や住環境の観点から望ましくありません。さらに、人口減少と世帯数減少が進む中で、増床分を購入する需要そのものが限定的になっているという根本的な問題もあります。
2026年4月区分所有法改正がもたらす新たな選択肢
2025年5月、参議院本会議で区分所有法などマンション関連法の改正案が可決しました。施行は、2026年4月1日を予定しています。長寿命化や建て替えといったマンションの「終活」に大きく影響する主な改正点は、決議要件の緩和です。これまですべての区分所有者の同意が必要だった取り壊しや売却、リノベーション、一棟コンバージョン(ホテルや商業施設、オフィスなどへの用途変更)が「5分の4の賛成」で可能になります。
「出口」の多様化
区分所有法の改正により、マンション管理組合は従来の「永続的な維持管理」という単一路線から解放され、より柔軟な将来設計ができるようになります。たとえば、建物と敷地の一括売却は、維持管理コストの負担に限界を感じた管理組合にとって魅力的な選択肢となるでしょう。とくに、立地条件が良いマンションは、売却益によって住民が新たな住居を確保することも現実的になります。
一方、一棟コンバージョンは都心部の駅近立地にあるマンションにとって有力な選択肢となります。住宅需要が頭打ちとなる中で、オフィスや商業施設、ホテルなどへの用途変更により、その立地の持つポテンシャルを最大限に活用できる可能性があるためです。とくに、インバウンド需要の高まりによりホテル不足が深刻化している都市部では、住宅からホテルへのコンバージョンは社会的なニーズとも合致します。
管理組合に求められる視点と長期修繕計画の考え方
多様な「出口」が取れるようになることは、区分所有法の改正の大きなメリットです。しかし、単に維持・管理していけばいいわけではなくなることから、管理組合には戦略的な視点が求められることになります。最も大切なのは、マンションの特性と住民の意向を把握し、自分たちにとって最適な出口戦略を策定することです。
「ゴール」を想定した長期修繕計画を
たとえば投資用物件が多いマンションでは、一定期間の賃料収入を得た後の一括売却が合理的な選択になり得ます。一方、永住志向の強い区分所有者が多いマンションでは、長寿命化するための修繕計画を立てるのが適切かもしれません。いずれにしても、区分所有法改正によって多様になる「ゴール」の中から自分たちに合ったものを選択したうえで長期修繕計画を立てるのが肝要です。
大規模修繕は12〜18年程度に一度実施しますが、たとえば5年後に敷地売却をするタイミングで大規模修繕を実施する必要はないでしょう。つまり、ゴールは長期修繕計画や必要な修繕積立金にも大きく影響してくるのです。
ゴールは一朝一夕に決められるものではない
「ゴール」は一朝一夕に決定するのではなく、時間をかけて住人間で十分な議論を重ねることが大切です。長期修繕計画の見直しサイクルに合わせて段階的に合意形成を図り、方針を固めていく必要があります。
また、一度決定した方針が理事の交代などにより頻繁に変更されることを防ぐため、長期修繕計画に関する専門委員会の設置も検討すべきでしょう。継続性のある体制を構築することで、一貫した戦略のもとでマンションを維持・管理していくことができます。
「築60年」までの長期修繕計画を
現在、長期修繕計画ガイドラインなどでは「30年以上」の長期修繕計画の策定が推奨されていますが、さくら事務所では、築浅のマンションは「築60年まで」の長期修繕計画を立てることをおすすめしています。敷地売却や建て替え、一棟コンバージョンというゴールも、多くの場合、築60年以降に設定されるはずです。それまでは、建物の維持・管理を続けていくことになります。
ターニングポイントになるのは、築20〜30年頃です。住人の多くが高齢期を迎えるタイミングで60年の長期修繕計画を立てるのは現実的ではないため、この頃までにゴールを設定し、そのゴールに向けた長期修繕計画に舵切りをするのが理想でしょう。
区分所有法改正の影響はマンション選びにも
区分所有法改正の影響は、すでにマンションに住んでいる方だけに留まりません。現在は、基本的に多くのマンションが長期的な維持・管理を前提に長期修繕計画を策定しています。しかし、改正後は徐々に売却や一棟コンバージョンなどを目指すマンションが増えていくことになるでしょう。たとえば、永住目的で中古マンションを購入したにもかかわらず、5年後に売却が予定されているとすれば、すぐにまた転居を迫られることになってしまいます。
購入時には、管理状態および長期修繕計画の内容の確認がこれまで以上に求められるでしょう。財政状況や過去の修繕工事の実施状況なども併せて確認し、思い描くライフプランが叶えられるか事前に見極める必要があります。
ゴールが定まっていなかったとしても、財政状況を見れば将来的な見通しを予測することはできます。資金的に逼迫しているマンションは、住民の意向に関わらず売却を選択せざるを得ない可能性が高い一方で、健全な財政状況を維持しているマンションは住民の合意に基づいて最適な選択がしやすくなります。
マンション選びにも大きく影響してくることを踏まえれば、今回の区分所有法改正は、マンションの管理だけでなく、マンションの資産性にも寄与する重大な転換といえます。
改正後は「第三者の専門家」の活用がマンション管理の大きな鍵に
区分所有法改正後のマンション管理には、これまで以上に高度な専門性を要求されることになります。とくに一棟コンバージョンを検討する場合は、何にコンバージョンするかによって収益性などは大きく変わってきます。「一棟コンバージョンする」という決議だけでは足りず、長期修繕計画を立てるうえでも、コンバージョン用途と予算を把握しておく必要があるでしょう。
売却や建て替えについても同様です。ゴールテープを切るまでに必要な費用の見積もりが、長期修繕計画のエビデンスとなります。とはいえ、見積もりは事業者によっても大きく変わってくるため、単に見積もればいいというものでもありません。
専門的な知見が少ない理事やマンション管理を専門とする管理会社だけでは、こうした高度な判断をしていくことは容易ではありません。今後はとくに、管理組合と管理会社、そして不動産や建築の専門知識を持つ第三者の専門家の三位一体による意思決定および長期修繕計画の策定が望ましいといえるでしょう。今回のような法改正の動向や市場環境の変化を適切にキャッチアップできているかどうかは、信頼できるパートナーを見極める重要な指標となります。

まとめ
2026年4月の区分所有法改正は、マンション市場に即座に劇的な変化をもたらすものではないかもしれません。しかし、この法改正は長期修繕計画の策定方法、マンションの資産価値の考え方、そして住人一人ひとりの将来設計に大きな影響を与えるのは確かです。
マンションの寿命は、物理的な耐用年数だけでは測ることができません。住人の価値観や立地条件、財政状況、そして社会的ニーズなど多様な要素を総合的に考慮し、すべての区分所有者で議論したうえで「最適な終わり方」を模索する必要があります。