マンション修繕積立金値上げ幅「1.8倍まで」 値上げの際に考慮すべきこととは

国土交通省は2024年2月、修繕積立金の徴収額を段階的に引き上げる場合の増額幅を最大約1.8倍とする方針を示しました。この要件は、地方公共団体がマンション管理適正化法に基づき管理計画を認定する管理計画認定制度にも盛り込まれる予定です。

徴収額の値上げは一部のマンションにとって喫緊の課題となっていますが、単に足りない分を値上げすればいいというわけではありません。この記事では、国交省の方針とともに、マンションの修繕積立金の現状や値上げするときに考慮すべきことを解説します。

目次

修繕積立金を値上げ幅、当初の「1.8倍」を上限に

国土交通省が行った調査によれば、段階増額積立方式のマンション249事例の長期修繕計画の計画当初から最終計画年までの値上げ幅の平均は、約3.58倍。上位1/6にあたる42事例の平均値上げ幅は約5.3倍だったといいます。3.58倍ということは、新築時の修繕積立金徴収額が7,000円だった場合、最終的には2万5,000円以上に増額するということ。5.3倍となると、最終的な徴収額は3万7,000円を超えます。

値上げ幅が大きすぎると合意形成が取りにくくなり、合意にいたったとしても一部の世帯は支払いが困難になってしまうことが予想されることから、今回、国交省が提示した案は値上げ幅に上限を設けることで計画的な積み立てを促す狙いです。

新築時の設定額は基準額の「0.6倍以上」

修繕積立金徴収額の値上げを要する大きな要因となっているのは、新築時の設定額の低さです。国交省は、初期の設定額が低くなりすぎないよう、修繕積立金徴収額を均等で割った場合を基準額とし、その0.6倍以上を新築時の徴収額とすることを求める案を示しました。仮に、基準額を2万円/月とすると、新築時は1万2,000円/月以上の徴収額が求められるということです。

引き上げ額の上限は基準額の「1.1倍以内」を推奨

「最大約1.8倍」というのは、新築時の徴収額を基準額の0.6倍とした場合であり、基準額からの値上げ幅は「1.1倍以内」に抑えることを求める案が示されました。基準額が2万円/月とすれば、最終的な徴収額は2万2,000円/月となります。

修繕積立金の現状

国交省がこうした方針を示した理由は、修繕積立金が不足しているマンションが多いこととともに、値上げの方法に問題が見られるケースがあるからです。

修繕積立金が不足しているマンションは3割以上

現在の修繕積立金の状況
出典:国土交通省「平成 30年度マンション総合調査結果からみたマンション居住と管理の現状

2018年の調査では、修繕積立金が計画に対して不足しているマンションは34.8%。計画に比べて余剰があるマンションもほぼ同数です。この明暗を分けている主なものは、住んでいる方の意識だと思います。

さくら事務所がコンサルティングさせていただいた「レクセルガーデン北綾瀬」では、竣工から12年の時点で大規模修繕工事を行うための資金が2,000万円程度不足していました。しかし、理事長の努力もあって、支出の見直しや段階積立増額方式から均等積立方式への変更、大規模修繕の工事時期の変更などを経て、現在は無事に大規模修繕工事を終えています。

積立金残高に余剰があるマンションは、早い段階で積立金の増額に着手し、管理組合の経済基盤を盤石なものにしている一方、計画に対して大幅に積立金が不足しているマンションも一定数存在しているのが現状です。

修繕積立金の平均額は上昇傾向に

分譲年別の管理費・修繕積立金の平均

さくら事務所が行った調査によれば、管理費や修繕積立金は増額傾向にあります。管理費の平均額は2017年からの6年間で約1.2倍に、修繕積立金の平均額は約1.5倍になっています。

修繕積立金を値上げしなければならない理由

マンションの修繕積立金が不足してしまう要因は、修繕積立金の積み立て方や新築時の設定額の低さにあります。

新築時に設定される金額が低い

修繕積立金の積立方式
出典:国土交通省「管理・修繕に関するテーマの検討

多くのマンションでは、段階的に修繕積立金の徴収額を上げていく「段階増額積立方式」を採用しています。しかし、値上げには議決を要するため、計画通りに増額できないマンションも散見されます。

そもそも、新築時の徴収額の設定が低すぎるということも、値上げを要する大きな理由の一つです。現在、新築マンションを分譲する際の修繕積立金の最低額などは定められていません。マンションを購入される方は、取得費に加え管理費や修繕積立金の合算額を見て判断するため、新築時は修繕積立金の徴収額を低く設定しているケースが多く見られます。

物価高

建設資材物価指数
出典:建設物価調査会「建設資材物価指数グラフ

近年は、あらゆる物の価格が高騰しています。マンションの修繕に不可欠な資材価格や工費、物流コスト、光熱費などの高騰も、修繕積立金不足の大きな要因となっています。

マンション管理を取り巻く環境の変化

修繕積立金の平均額の目安
出典:国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン

2021年には、およそ10年ぶりに修繕積立金のガイドラインが改定されました。積立金の平均額の目安は、1.5倍前後に増額。サンプリングされたマンションの長期修繕計画は84事例から366事例に増加し、従来のものに比べてより実態に近い金額が目安と示されています。

2022年にはマンション管理計画認定制度がスタートし、マンション管理の重要性や価値があらためて認識されたことも修繕積立金不足に関わっているものと考えられます。

トラブルを避けるにはどうすればいい?修繕積立金を値上げするときに考慮すべきこと

国交省が示した「1.8倍」という積立金の値上げ幅の上限は、あくまでガイドラインであり、前提条件として当初から正しい基準額を設定したうえで、その基準額の0.6倍以上の金額を徴収している場合に限られます。既存のマンションは、必ずしも今回の方針には当てはまりません。

では、現在、修繕積立金が不足しているマンション、あるいは今後、不足が懸念されるマンションは、どのように徴収額を値上げしていけばいいのでしょうか?

計画の「妥当性」を確認する

修繕積立金を値上げするということは、現状、積立額が足りていないか今後足りなくなることが目に見えているという状況にあるはずです。しかし「修繕積立金が足りない」と判断する前に「計画の妥当性」を確認できていないマンションが多いように思います。専門家として長期修繕計画をチェックさせていただくと、計算が間違っていたり、必要な計画が漏れていたりすることは少なくありません。

とくに、建物ではなく給排水管や消防設備など「設備」の修繕計画に妥当性が欠けているケースが多く見られます。材質にもよりますが、竣工後20年前後のマンションの場合、給排水管の耐用年数は概ね30~40年程度です。防水施工などと比べて耐用年数が長いので実施例が少なく、設備関係の技術者も建築関係と比べると少ないため、修繕計画が甘くなってしまいがちなのです。

逆に、まだまだ使えるうちに更新してしまうと、修繕積立金の無駄遣いにもなってしまいかねません。東京都内のタワーマンションでは、配管の「一斉更新」を「部分修繕」に変更し、計画上のコストを約5億円削減した事例もあります。修繕積立金の値上げを決議する前には、一度、外部の専門家に計画の妥当性を確認してもらうことをおすすめします。

住人の意識を把握する

マンション居住者の永住思考
出典:国土交通省「平成 30年度マンション総合調査結果からみたマンション居住と管理の現状

マンションに住む人の永住意識は年々高まっている傾向にありますが、マンションの条件によって永住思考は異なります。たとえば、2LDK・50㎡程度だと、子どもが産まれると少々手狭になるため、住人の入れ替わりが多くなります。主に単身者向けのコンパクトマンションも同様です。また、高経年のマンションは住人の年齢層も総じて高く、年金生活の方も多いため、将来的な修繕に向けた積立金額の値上げに消極的な方が多いものと推察されます。

一人ひとりの意思や希望、経済状況に向き合うことは難しいですが、住人がどのような意識を持っているか把握し、できる限り寄り添った形で値上げをしていくことが求められます。

どのような形で積み立てていったとしても、最終的に一戸あたりが負担する積立金は変わりません。しかし、その間に所有者は変わる可能性があり、自己居住用物件ではなくなる可能性もあります。住人が若く、永住意識が高いのであれば、ある程度まとまった金額を一度に上げるとしても管理組合総会で議案が可決しやすいですが、単身者や高齢の方が多いマンションだと段階的に値上げしていったほうが可決しやすいということもあります。

修繕積立金を値上げする方法

修繕積立金の徴収額の値上げは、役員の選任や使用細則の改定と同じく「普通決議事項」にあたります。特別決議や建て替え決議より可決しやすいものの、住人の理解を得ながら値上げのタイミングや目標金額を設定していかなければなりません。

修繕積立金の値上げは「普通決議事項」

修繕積立金の値上げは、委任状や議決権行使書を含めた総会出席者の1/2以上の賛成で可決される「普通決議」です。出席者は議決権総数の1/2で成立するため、たとえば50世帯のマンションであれば、委任状や議決権行使書を含めて26世帯が参加し、14世帯から賛成が得られれば値上げが決定します。実質的には3割以下の賛成で議決できるため、実は値上げの決議はそれほど難しいものではありません。

ただ、そこまで難しくないからこそ、先述したようにまずは計画の妥当性を確認し、住人にできる限り寄り添うことが大切になってくるのです。

複数回の値上げを一度に決議するという方法も

最近は、複数回の値上げを一度に決議するというケースも少なからず見られます。たとえば、10年後の最終目標を決め、2年ごと、5回にわたって値上げする場合、決議を5回取ってもいいのですが「一括決議」であれば1度の決議で済みます。一括決議も普通決議にあたるため、議決権総数の1/2の出席者のなかで過半数の賛成が得られれば可決されます。

均等積立方式でも値上げを余儀なくされることもある

段階増額積立方式から一度にまとめて値上げし、均等積立方式に変更するマンションも多く見られます。しかし、均等積立方式であっても「均等」が約束されているわけではないという点には注意が必要です。というのは、やはりインフレに対応しきれないこともあるからです。とくに昨今ではあらゆる物が値上がりしているため、均等積立方式であっても徴収額の値上げが迫られるケースがあります。

「一時金徴収」という選択肢

選択肢の一つとして「一時金徴収」という方法もあります。ただ、実際には難しいことが多いといえるでしょう。

私がコンサルティングさせていただいたマンションで、各世帯から30万円を徴収させていただこうとしたときの話です。駅前かつ大手分譲というマンションでしたが、やはり皆さん首を縦に振りませんでした。一定の収入があったとしても、一時金には抵抗感を覚える方が多く、結局は融資を受けて対応するマンションがほとんどです。

まとめ

今回、国土交通省は修繕積立金の新築時の設定額や値上げ幅の上限などの案を示しましたが、これらに法的拘束力はありません。修繕積立金不足に悩むマンションを減らしていくには、まず新築時の徴収額に制限を設けることが必要だと考えます。

積み立ての前提となる長期修繕計画は、現状、誰でも作成できてしまいます。本来であれば、専門の資格を持つ人が作成するなど、一定の規定を設けなければ妥当性を担保することは難しいはずです。その中で妥当性を確認し、必要な値上げ幅、値上げのタイミングなどを見極めるためには、第三者機関への相談も効果的でしょう。積立金の不足が懸念されるマンションの喫緊の課題は「値上げ」ではなく、それ以前の「計画の妥当性の確認」と「必要な積立額の把握」です。

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執筆者

土屋輝之のアバター 土屋輝之 マンション管理コンサルタント

2003年さくら事務所に参画、不動産仲介から新築マンション販売センター長を経る間に、不動産売買及び 運用コンサルティング、マンション管理組合の運営コンサルティングなどを幅広く長年にわたって経験。
不動産、建築関連資格も数多く保持し、深い知識と経験を織り込んだコンサルティングで支持される不動産売買とマンション管理のスペシャリスト。

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