建物状況調査のあっせん「無」に理由が必要に! 改正で変わったこと・今後変えていかなければならないこと

2024年4月、標準媒介契約約款が改正され、不動産会社は建物状況調査(インスペクション)のあっせんを「無」とする場合に理由を明記しなければならなくなりました。これまでの不動産会社の義務は、建物状況調査をあっせんすること。これは、2018年4月の宅建業法改正によって不動産会社に義務づけられたことです。今回の改正は、建物状況調査やホームインスペクションの普及・促進の第一歩と評価できます。現に、改正後の2024年4月〜6月のさくら事務所のホームインスペクション実施件数は前年比1.5倍ほどに増加しています。

しかし、私たちは、日本の不動産市場にはまだまだ解消しなければならない抜本的な課題があると考えています。

目次

建物状況調査(インスペクション)のあっせん「無」に理由が求められることになった背景

インスペクション実施率
出典:国土交通省「改正宅地建物取引業法の施行状況及び 今後の見直しの方向性について」

国土交通省によれば、2021年の全体の建物状況調査(インスペクション)実施率(戸建てのみ)は37.5%。その内訳は、売主様が44.6%、買主様が30.6%でした。不動産会社に建物状況調査のあっせんが義務づけられる前の2016年の調査では、売主様が15.3%、買主様が7.2%だったため、この5年間で実施率は高まっています。

一方で、欧米諸国など他の先進国では、ほとんどの中古住宅取引でインスペクションやそれに類する検査がされているため、まだまだ日本の実施率は高いといえません。

一律あっせん「無」と示している理由
出典:国土交通省「改正宅地建物取引業法の施行状況及び 今後の見直しの方向性について」

また、2021年の調査では、一律にあっせん「無」と示している不動産会社が7割以上に及んでいます。とくに、小規模の不動産会社にこの傾向が強く見られるようです。

人口減少や少子高齢化、空き家問題が加速する日本の不動産市場では、既存住宅の流通促進が喫緊の課題です。建物状況調査は、既存住宅取引の透明性を高め、取引する人の安心につながる仕組みであることから、さらなる普及・促進が求められます

改正以降、ホームインスペクション実施件数が増加

ホームインスペクション実施件数の推移
2018年以降にさくら事務所が実施した中古戸建てのホームインスペクション実施件数

上記のグラフは、さくら事務所が実施した中古戸建てのホームインスペクション実施件数を示しています。2018年4月の宅建業法改正以降、認知度の高まりもあって実施件数は増加傾向にありますが、2024年4月の媒介契約約款改正以降は急増しています。2024年4月〜6月の実施件数は、前年同期比の約1.5倍です。

首都圏中古戸建て住宅在庫件数の推移
出典:東日本不動産流通機構

とはいえ、弊社のホームインスペクション実施件数が増え始めたのは2023年9月頃からです。近年、中古戸建ては在庫件数が増加しており、ちょうどこの頃に在庫件数のピークを迎え、現在も減少していません。ホームインスペクションは買い手市場になるほど入れやすくなることから、実施件数の増加は市況の変化による影響も大きいものと考えられます。

しかし、ホームインスペクションの認知度や注目度が高まっていることは事実です。今回の改正後、さくら事務所には、不動産会社からホームインスペクションのスキームの確認等をお問い合わせいただくことも増えています。これは、2018年の宅建業法改正では見られなかったことです。

建物状況調査のあっせんが無い場合にその理由の記載が求められることで、不動産会社はこれまで以上に売主様・買主様に建物状況調査というものを詳しく説明する必要性がでてきました。これにより、不動産会社があらためて建物状況調査について学び、より実践的に導入を検討する契機になるものと考えられます。

改正後も残る建物状況調査やホームインスペクションの課題

今回の改正は、建物状況調査の普及・促進の第一歩と評価できるものの、今の既存住宅流通の抜本的な課題を解決するものではないと考えています。

依然として不動産会社の“ハンドリング”に大きく依存する可能性が高い

建物状況調査の理解が進むことで、実施率が上がる可能性はあります。ただ、その効果は限定的と考えます。

不動産取引は、良くも悪くも不動産会社の“ハンドリング”によって取引が進みます。たとえば、不動産会社が「建物状況調査を実施すれば売りにくくなる」あるいは「売れるまで時間がかかる」と考える場合は、建物状況調査のリスクやデメリットを誇張することもできてしまうのが現状であり、実際にそのように考えている不動産会社は少なくないというのが現状です。今後、ホームインスペクションを普及させていくためには、不動産会社がホームインスペクションに対して抱いているであろうネガティブなイメージを払拭していくことも大切になってくるでしょう。

ホームインスペクションを実施すると物件が売れなくなるという認識はいまだに根強い

そもそも「ホームインスペクションを実施すると売りにくくなる」というのは誤まった認識です。買主様は、今のライフスタイルや将来のライフプラン、予算や好みなどから熟考して物件を選定します。たとえ建物状況調査で些細な欠陥や不良な箇所が見つかったとしても、それを理由に購入を躊躇するとは限りません。

2018年以降にさくら事務所のホームインスペクションを利用した買主様へのアンケート結果

現に、さくら事務所のホームインスペクションをご利用いただいた方の約9割がそのまま物件を購入されています。物件の状況が「見える化」することで買主様の安心につながり、売主様や不動産会社からしても欠陥や不良な箇所が明るみになった状態で取引することで、売買後のリスクを軽減する効果にも期待できます

「建物状況調査」と「ホームインスペクション」の違い

ホームインスペクションと建物状況調査の違い

「建物状況調査」と「ホームインスペクション」の違いが周知されていない点も、日本の不動産市場の大きな課題であると考えています。

建物状況調査とは

2018年4月に不動産会社にあっせんが義務づけられ、2024年4月にあっせんが無い場合の理由の明記が求められるようになった「建物状況調査(インスペクション)」は、宅地建物取引業法に規定された既存住宅の基本検査です。

検査の対象は、既存住宅状況調査方法基準に基づき、以下の3つと定められています。

  1. 構造耐力上主要な部分(基礎や外壁など)
  2. 雨水の浸入を防止する部分(屋根や軒裏など)
  3. 耐震性に関する書類の確認

必ずしもすべての居室等で上記の検査をしなければならないのではなく、検査項目によっては一部の抜粋でも良いとされています。また、検査結果は書面と建物のプロではない宅建士から伝えられるため内容の理解が難しく、誤認やトラブルの芽にもなってしまいかねないという側面もあります。報告書に記載されていることを検査実施者に質問できないケースもあることから、さくら事務所には「建物状況調査の見方がよくわからない」というお問い合わせが多く、セカンドオピニオンを求められることも少なくありません。

【さくら事務所に寄せられたお問い合わせ事例】

漏水の可能性があるかもしれないしないかもしれないとの報告で、結局どうすれば良いのかわからない
・「窓枠染み跡あり」とだけ記載があり、これが重大な問題なのか判断できない
・床下の給排水管について「詳細な検査が必要」と書いてあるが、具体的な検査は未実施のためこのまま契約していいものなのか不安……

建物状況調査の報告書は写真と簡単なコメントで構成されており、基本的に一部の事象だけを報告する内容です。「可能性がある」といった曖昧な表現も目立つことから、検査結果に対する解説が十分であるとはいえません。

また、多くの場合、売買契約直前の重要事項説明の段階で検査結果が報告されることも大きな問題点の1つといえるでしょう。宅建士は「不動産取引のプロ」であり「建物のプロ」ではないため、報告書を補なう解説をしたり、具体的な修繕方法を提示するなどして取引する人の疑問を解消したりすることは基本的にできません。また、売買契約は買主様のみならず売主様など関係者が一堂に会する場であることから、冷静に検査結果を受け止め、必要に応じて深く追求したり引き返したりできる方ばかりではありません。

ホームインスペクションとは

一方「ホームインスペクション」とは、建物状況調査の内容に加え、各社独自の検査項目やノウハウを盛り込んで実施される検査です。既存住宅のみならず、新築住宅にも対応しています。検査項目は検査を実施する機関によって異なりますが、さくら事務所の調査項目は100以上。建物状況調査では「問題なし」とされる住宅であっても、さくら事務所のホームインスペクションでは不具合が見つかることもあります。

ホームインスペクションも、報告書に記載される事項や表現は建物状況調査と大きな違いはありません。しかし、検査結果の報告に加え、建物のプロからそれを基にしたアドバイスを受けられるため、取引する人の正しい状況把握につながりやすい仕組みといえます。さくら事務所は買主様からのご依頼が多く、検査結果はその場で買主様自身に口頭で解説し、質疑にもお応えしています。検査結果に加え、リフォームやリノベーションのアドバイスをさせていただくこともあります。

ホームインスペクションと建物状況調査の大きな違いは、建物のプロとコミュニケーションが取れるかどうか。実際に検査を行ったインスペクターとコミュニケーションを取ることができるからこそ、物件に対する不明点や不安点が解消されやすく、これが多くの買主様に安心して契約に進んでいただいている大きな要因になっているものと考えています。

本来ホームインスペクションを主導するのは「買主」であるべき

先のとおり、建物状況調査の実施率は買主様より売主様のほうが高いというのが現状です。しかし、アメリカやイギリス、オーストラリアなどでは、ホームインスペクションは「買主様側」から行われるものです。

イギリスでは、中古住宅流通を促進するため売主があらかじめインスペクションを入れる制度を採用したものの、これはあくまで売主様が提供する情報であり、第三者性がないことや有効期限の問題などからかえって取引が低迷したことで廃止となり、買手様の責任による取引の仕組みに戻りました。

アメリカでも、インスペクション普及期にはインスペクターと不動産業者の癒着が問題に。「仕事出すから報告書便宜はかれよ」というわけです。そこで州ごとに「業者によるインスペクター紹介禁止」などで対応。現在では、ほとんどが買主様によるインスペクションです。オーストラリアも同様で 「売主のインスペクションは虚偽が多い」と問題になり、買主様がインスペクションする仕組みを創設しています。

新築住宅の売主様は事業者ですが、中古住宅の売主様は、大半が個人。その個人に、インスペクションの実施を促進しようとする制度自体にそもそも無理があるといえるでしょう。インスペクションの目的は、あくまで買主様が「欠陥住宅ではないか」「買った後、いつ頃、どこに、いくらいくらいのお金がかかるのか」「あと何年くらい持ちそうか」といった多様な疑問に答えるものです。したがって、買主様が自身で選んだインスペクターに検査を依頼するのがより自然なあり方であると、さくら事務所は考えます。

ホームインスペクションの普及・促進のために求められること

建物状況調査とホームインスペクションは、結果的に不動産会社や売主にも利益をもたらすものですが、いずれも買主様のために行われる検査です。「インスペクションを義務化すべき」という声もあるようですが、大切なのは買主様が選択できるようにすること。買主様の意思でインスペクションを実施せず、それを売主様への交渉材料にすることは、否定されるべきものではありません。ホームインスペクションを行うか、建物状況調査の結果のみで判断するか、あるいはいずれも実施しないかは買主様の判断に委ねるべきです。

このような体制を実現するには、売主様・買主様だけでなく不動産会社も建物状況調査やホームインスペクションの理解を深め、買主様が検査するための期間を設けることで物件の詳細な状況を把握し、慎重に購入を検討できる環境を整えることが求められます。

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執筆者

大西 倫加のアバター 大西 倫加 さくら事務所 代表取締役

広告・マーケティング会社などを経て、2003年さくら事務所参画。
同社で 広報室を立ち上げ、マーケティングPR全般を行う。
2011年取締役に就任し、経営企画を担当。
2013年1月に代表取締役就任。
2008年にはNPO法人 日本ホームインスペクターズ協会の設立から携わり、同協会理事に就任。10年間理事を務め、2019年に退任。
2018年、らくだ不動産株式会社設立。代表取締役社長就任。
2021年、だいち災害リスク研究所設立。副所長就任。
不動産・建築業界を専門とするPRコンサルティング、書籍企画・ライティングなども行っており、執筆協力・出版や講演多数。

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