大和ハウスが新築戸建て23道県から撤退。「採算悪化」だけでは読み解けない住宅史の転換点

大和ハウス工業は2026年9月4日、新築一戸建て事業について北海道や鹿児島県など23道県から撤退し、2027年4月以降は東京や大阪など都市圏を中心とした体制に再編すると発表しました。設計自由度の高い自由設計型の注文住宅については、建物価格5,000万円以上を目安に受注を絞り込み、1億円超の住宅の販売を増やす方針と報じられています。
多くの報道は、資材費や人件費の高騰で戸建て事業の採算が悪化したことを撤退の理由として伝えています。それ自体は事実だと思いますが、ハウスメーカーの成り立ちにまでさかのぼって考えると、今回の決定は一企業の経営判断というより、戦後日本の住宅政策がたどってきた道筋の必然的な到達点として見えてきます。
本記事では、建築士でホームインスペクターの田村啓が、報道で語られていることを整理したうえで、なぜ業界の金字塔ともいえる企業が新築戸建て事業を縮小するのか、そしてこれから家を建てる方・買う方が何を意識すべきかを解説します。
報道で語られていること、語られていないこと
まずは発表内容と、これまで大和ハウスで建てた方、これから建てようとしている方への影響を確認しておきましょう。そのうえで、報道の枠組みだけでは見えにくい論点を示します。
「23道県からの撤退」と「5,000万円以上」の意味
大和ハウスの戸建て事業は2026年現在、山形県と沖縄県を除く45都道府県に拠点を持っています。そのうち23道県から撤退するということは、全国のほぼ半分の地域で、大和ハウスの新築戸建てが建てられなくなることを意味します。撤退地域では注文住宅の営業を2026年9月末、分譲住宅を2027年3月末で終え、約200人の従業員を再配置する方針です。
もうひとつ注目したいのが、注文住宅の最低受注額を5,000万円に設定するという点です。土地代を含まない建物のみの金額ですから、多くの世帯にとって現実的に手の届く水準ではなくなるでしょう。都市部の富裕層に対象を絞り込み、一棟あたりの単価を引き上げて収益性を確保するという戦略と読めます。
一方で、既存住宅のリフォームや賃貸管理を担うストック事業を強化する方針が同時に示されています。新築の縮小と既存住宅事業の強化を同時に打ち出したことから、事業の重心を「建てる」から「建てた後」へ移そうとしている姿勢がうかがえます。
すでに建てた方・これから建てる方への影響
大和ハウスは業界最大手の一角であり、憧れをもってこのメーカーで家を建てたいと考えていた方も多いはずです。しかし、撤退地域ではその選択肢そのものがなくなってしまいます。
すでに大和ハウスで建てた方にとって気になるのは、修繕やメンテナンスの窓口でしょう。ハウスメーカーの住宅は各社独自の工法で建てられているため、修繕の多くはそのメーカーに依頼することになります。
この点について大和ハウスは、既存オーナーへのアフターサービスは大和ハウスパートナーズが引き続き全国で提供すると発表しています。窓口が営業拠点からストック事業の会社に移ることになりますので、保証書や点検スケジュールの扱いがどう引き継がれるのか、オーナーの方は一度確認しておくと安心です。
「採算悪化」は理由のひとつか
ここまでが報道の範囲です。ただ私は、この撤退を短期的なコスト要因だけで説明してしまうと、意味を取り違えてしまうと考えています。
日本で「家を持つ」といえば新築を建てることが長らく主要な選択肢でしたが、世界的に見ればこれはまったく普通のことではありません。多くの国では、中古住宅や賃貸住宅が住まいの中心です。
日本人が新築好きだから新築が建てられ続けてきたのではなく、新築を建てて持ち家にするという仕組みは国によって意図的につくられてきました。その“実行部隊”として住宅を量産する役割を担ってきたのが、ハウスメーカーなのです。
新築持ち家は「文化」ではなく「政策」だった
戦後の住宅政策は、量を確保する時代、質を高める時代、そして既存住宅を活かすストックの時代へと変遷をたどってきました。ハウスメーカーがどの時代にどのような役割を期待されて登場し、その役割がいまどう変わりつつあるのかを知ると、今回の大和ハウスの撤退の背景がはっきりしてきます。
「420万戸の不足」から始まった戦後の住宅三本柱
終戦直後、日本は戦災による焼失や引揚者の流入などで、およそ420万戸の住宅が不足していました。当時の総住宅数が約1,400万戸ですから、全体の3割に相当する規模の住宅が足りていなかった計算になります。しかも、国には自ら住宅を建てる財政的な余裕がありませんでした。
そこで国は、住宅金融公庫による持ち家取得への長期低利融資と、公営住宅・日本住宅公団による賃貸住宅等の直接供給を組み合わせ、官民双方で住宅供給を拡大しました。
なかでも強力だったのが住宅金融公庫で、「低金利・長期固定で融資を受けて自分で家を建てる」という仕組みを国が用意したわけです。戦前の都市部では8割近くが借家住まいだったことを考えると、今日の日本の持ち家志向はこの時期の政策によって形成されたといえます。
“実行部隊”として生まれたハウスメーカー
とにかく量を確保しなければならない時代に、住宅を工業製品として大量に、そして安定した品質で供給する役割を担ったのがハウスメーカーです。1959年、大和ハウスが発売した「ミゼットハウス」は、3時間で建つパネル式の小屋でした。百貨店の店頭で建物が商品として売られるという光景は、プレハブ住宅の原点として住宅史に刻まれています。

その後、積水ハウスをはじめ製造業の発想を持つ企業が次々と参入し、住宅展示場、商品カタログ、長期保証といった耐久消費財のマーケティング手法が住宅に持ち込まれました。ハウスメーカーという業態は世界的に見ても特異なものであり、量の時代の社会的使命から生まれた存在です。
政策は「量」から「質」へ

1973年になると、全都道府県で住宅の数が世帯の数を上回ります。同年の新設住宅着工は191万戸と過去最多を記録し、この数字はその後も更新されていません。住宅の量的な不足は、この時点で解消されたことになります。
以降、政策の関心は耐震性能や省エネ性能、品質といった「質」へ移り、2006年の住生活基本法でストック重視の方針が明文化されます。国は新築を後押しする政策から既存住宅を活かす政策へと、段階的に舵を切ってきたのです。

なぜ新築住宅着工数は減少しなかったのか

1973年には住宅の量は充足し、政策転換も進んできたものの、市場がすぐに追従したわけではありません。その後も日本は年間100万戸を超える新築を建て続け、人口が減り始めてからも着工数は80万戸前後を維持してきました。
なぜ政策と市場はこれほど長くずれたままだったのか、そしてそのずれがなぜ今になって埋まり始めたのか。ここでは、その理由を順に紐解いていきます。
「ストック重視」を掲げて20年

近年も日本の住宅流通に占める中古住宅の割合は、欧米諸国に遠く及ばないままです。その裏で、空き家の数は約900万戸、空き家率は13.8%に達しています。
新築偏重が続いた理由は、日本人の新築信仰といった文化の問題ではありません。税制が新築を優遇し、金融機関が建物を築年数で一律に評価し、産業の収益構造が新築の受注に依存しているからです。新築が優遇され過剰に供給され続けるなかで、中古住宅の市場は育ちにくい状態に置かれてきました。
ただ、その構造にもようやく変化が見え始めています。2026年度の税制改正では、一定の省エネ性能を備えた中古住宅について住宅ローン減税の控除期間が10年から13年に延び、借入限度額も引き上げられ、新築との差がほぼ解消されました。いまだに新築住宅を優遇する制度は残っているものの、これもまた住宅政策の大きな転換点といえます。


理念ではなく「コスト」が中古シフトを後押し
新築偏重の構造を変えつつあるのが、税制に加え「コスト」です。資材価格の上昇や人材不足、住宅の性能向上などにより、新築住宅の建築費用は昨今、過去に例を見ないほど上昇しています。
さらに世帯数は2030年前後にピークを迎え、以降は減少局面に入ると推計されています。需要が減るなかで新築が贅沢品になっていけば、既存住宅の相対的な価値は上がります。20年前に国が掲げた「ストック重視」への動きは、単なる標語としてではなく、選びようのない現実として進み始めています。
他社の行方は
大和ハウスは注文住宅の会社であると同時に、商業施設や物流施設などの非住宅分野、そして北米をはじめとする海外事業で大きな収益を上げています。国内の新築戸建てに依存しない収益構造があるからこそ、他社に先駆けて撤退という判断ができたものと考えられます。
積水ハウスや住友林業といった大手も、ゼネコンとの資本提携や海外展開など、新築住宅一辺倒ではないあり方を模索しています。まだ撤退という判断には至っていませんが、国が新築を建てさせる政策から舵を切り、新築の需要そのものが細っていくと考えられる今後は、他のハウスメーカーも遅かれ早かれ同じ方向に動かざるを得ないでしょう。
今回の大和ハウスの撤退は、日本の住宅史の転換点を象徴する出来事だと私は受け止めています。
「建てた後」の向き合い方が問われる時代へ
少し暗い話に聞こえたかもしれませんが、私はこのニュースを消費者にとって良い時代の始まりとして捉えています。
これまでの日本では、どれほど品質の高い住宅を建てても、築年数とともに資産価値が下がっていくのが当たり前でした。ストックの時代に本格的に入れば、適切に維持管理され、修繕やリフォームの履歴が残っている住宅は、しっかり評価される市場へと変わっていきます。建てた後にどう向き合ってきたかが問われるようになるということです。
一方で、新築注文住宅がすぐになくなるわけではなく、人手不足のなかでは施工不良も起こりやすくなります。これから新築を建てる方には、工事の節目で第三者の目を入れることを、中古住宅を買う方には購入前のホームインスペクションを前提にすることをおすすめします。
住まいを守る主体が消費者自身に移る時代は、すでに始まっています。
