【現地調査ルポ】千葉豪雨で被災した「サンクタス新松戸」の被害と復興への道。都市型水害の実態と防災マンションへの挑戦

2026年8月13日に発生した記録的な千葉豪雨は、千葉県を中心とした各地に甚大な被害をもたらしました。
さくら事務所の地盤・防災コンサルタントの横山芳春は、千葉豪雨で被災した松戸市にあるマンション「サンクタス新松戸」の水害被災からの復興と再発防止に向けた支援の一環として、サンクタス新松戸管理組合からの要請により9月24日に現地調査を行い、さらに9月29日には再度、日経アーキテクチュア誌の記者による現地調査に同行しました。
本コラムでは、現地調査と住民の方々の証言をもとに、同マンションを襲った水害のメカニズムを紐解きます。水が迫り来る緊迫の瞬間から、住民たちの復興に向けた奮闘、そして専門家の視点から導き出された「これからのマンション防災」の必須対策をお伝えします。
都市型水害を拡大させた「地形」と「人工物」の複合要因
サンクタス新松戸は、千葉県松戸市にある2003年2月に竣工した総戸数90戸の中規模マンション(地上10階・地下1階建て)です。サンクタス新松戸が浸水被害を招いた背景には、この土地特有の複雑な地形的要因が関連しているものと考えられます。
同マンションは、地形的に見ると周囲の高台である台地(下総台地)に入り込んだ、低い「谷地形」に位置しています。谷地形は低い場所にあり、豪雨時には周囲の高台から雨水が集まりやすい場所で、戦前までは水田が広がっていた場所です。
浸水の被害拡大には、①記録的な豪雨という誘因だけではなく、②谷底にある地形と、③人工的な構造物が影響している可能性があります。
高低差を見える化したマップで分析すると、谷を横断するように盛土状に高くなっている「国道6号線」と鉄道線路が存在しています。
豪雨時、この巨大な盛土がまるで「ダム」のように谷をふさぐ役割を果たし、自然地形に加えて人工的に水が溜まりやすいくぼ地(凹地)状の地形が形成されていたことが、谷を流れる水路の排水を妨げた可能性があります。下の図では、赤色系が標高が高い場所、青色系が低い場所を示します。
また、周囲には宅地のほか南側には企業の安全運転教育場等として使われてきた跡地などが広がっています。元来の里山環境から、舗装に覆われた、都市化が進んでいたことから表流水の地下浸透が進まずに地表を流れる水も谷底にあるサンクタス新松戸のある側に一気に集まってきた影響があることも想定されます。

加えて、前面の水路が暗渠化(蓋がされた状態)されていたことも被害を拡大させた可能性があります。暗渠となっている上流側では、約1m近い水路があふれた浸水痕を確認することができました。
サンクタス新松戸の南面はほぼ全面が暗渠となっており、その下流(西)側で、南側からもう1本の水路が合流しているため、ますます水は流れにくく溢れやすい状態となっていたことが考えられます。そこに、地表の雨水まで周囲から谷底に集まってくることで、一層水路には排水できずに溢れ出しやすくなったことも想定されます。今後のシミュレーション等が待たれます。
なお、このような浸水被害は、全くの想定外だったというわけではありません。松戸市の内水ハザードマップ(令和7年4月版)では、1時間当たり雨量153ミリの想定で、「1.0m以上3.0m未満」の浸水が想定されていた場所でした。ただし、洪水ハザードマップでは浸水想定外でした。

わずか30秒ほどでリビングの窓ガラスが割れ、濁流が押し寄せた死闘
8月13日木曜日、お盆休み期間の千葉県周辺を襲った千葉豪雨。住民の方々の証言音声からは、濁流が迫る緊迫した瞬間が克明に記録されていました。我々の取材に対応していただいた、サンクタス新松戸1階の住戸に住んでいた西澤修二さん(60)によると、
「最初は足首程度の水でした。『すごい大雨だね』くらいに思っていたのですが……」
気象庁から16時27分にレベル4大雨危険情報が松戸市・市川市に発表。その後、サンクタス新松戸に濁流が押し寄せ、1階で浸水が開始したのは夕方の17時35分ごろ。あくまで土砂災害が対象ですが、松戸市全域にレベル4 土砂災害危険警報「警戒レベル4 避難指示」が発令された17時26分からわずか約9分後のことでした。
西澤さん「水は専用庭の向こうから、(半地下であるため)下り階段を下ってどんどん押し寄せてきました。リビング窓のサッシの隙間からジワジワと室内へ入り始めました。このときの水位は、床面から30㎝ほどでした」

「ここで止めればなんとかなるんじゃないか」。そう考えた西澤さんは、ご家族と共にバスタオルなどを窓のサッシに大量に敷き詰め、必死に浸水を防ごうと試みました。しかし、浸水の勢いは想像をはるかに超えていました。
そこから、階段を下って流れ込む濁流は一気に勢いを増していき、西澤さんの体感ではわずか30秒足らずの間に水の高さは、サッシの高さを超えるかどうかの30cmほどから、その4倍の120cmほどにまで膨れ上がったといいます。
西澤さん「津波のようにあっという間に水かさが増してきました。これはもうダメだ、と唖然としていたその時です。水圧でリビングの窓ガラスが割れたんです」

サンクタス新松戸は水路の北隣にあり、さらに1階住戸は専用庭付きの半地下構造であったため、浸水が発生した際に周囲から水が集まって流れ込んできやすく、周囲の水路の増水や雨水の集中などで一気に水が流れてきたものと想定されます。
割れた窓からは大量の濁流が室内になだれ込んできました。「何も持たなくていいから、とにかく逃げろ!」。西澤さんとご家族が愛犬を抱きかかえ、濁流をくぐり抜けるように玄関側に避難しようとしました。しかし、リビングから廊下、玄関へとつながるドアは内開きであったため、水圧で容易に開きませんでした。
しかし、水位が上がっていくことで、濁流で木製のドアがバキッと割れて壊れたことで、西澤さんとご家族はなんとか間一髪でその隙間から脱出できたとのこと。サンクタス新松戸では、室内から玄関を通って廊下に脱出の際に、2名の方が負傷されています。
別の住戸では、玄関側から水が押し寄せてきたという事例もあったそうです。外開きの玄関ドアは金属製で容易には開きませんでしたが、この居室では若い男性がお住まいだったのと、まだ水位が高くなる前に脱出したため、力ずくでこじ開けて難を逃れたとのことでした。
1階居室ではリビング窓側、玄関側と2経路の脱出経路がありましたが、リビング窓側から濁流が押し寄せてくると、脱出が困難な玄関側への外開きドアしか脱出ルートがありませんでした。玄関側にも水が回っており、あと少しでも判断が遅れていれば脱出ができず命に関わっていたかもしれない、まさに死闘と呼べる瞬間でした。

180㎝超の浸水があり、カビを防止するため復旧やリフォーム等を急ぐ必要がある
地下へ流れ込む濁流と電気室等の浸水
浸水による濁流は、居住空間を飲み込んだだけでなく、マンションの心臓部へも牙を剥きました。1階の半地下階に流れ込んだ濁流は、鉄製のドアを捻じ曲げて地下階へと流れ落ちていきました。
不運だったのは、マンション全体のインフラを支える電気室などの重要設備が地下階に設けられていたことです。地下へ流れ込んだ水により電気室は水没し、マンション全体の機能がダウンしてしまいました。
排水作業が難航したこともあり、住民らがこの電気室の浸水状況を確認したのは、発災から実に1ヶ月以上が経過した9月29日の現地調査の際でした。

屋外敷地には、地上に1段・地下2段の地下ピット構造を持つ機械式駐車場がありましたが、浸水被害を受けたことで電気系統が故障し、パレットが動かせない状態になってしまいました。
地上部から持ち上がった状態のパレットからは車を降ろすことができず、そこに車があるのに使用することができないという状態が続いています。他方、地下ピット内に格納された車は、浸水による被害状況すらわからず、取り出すことすらできません。

停電によって車が乗ったパレットを上げることも、下げることもできない状態が継続している
住民たちは、被災後の断水により、トイレ用の水を上層階へ人力で運び上げるなど、想像を絶する過酷な生活を強いられることになりました。最終的な被害は以下の通りです。
- 負傷者 2名
- 半地下の1階住戸が床上浸水
- 浸水深:床上1.8m超(大規模半壊)
- エレベーター停止機械式駐車場停止
- 共用部電気設備浸水・停止および停電
- 断水、下水が流せない状況
エレベーターが浸水して排水が遅れたことで故障、復旧の目途はたっていないとのこと。水は流せるようになりましたが、飲料水、生活用水をエレベーターで上階に運ぶこともできず、最大で10階部分まで人力で階段を使って昇降を余儀なくされている状況です。

行政との連携と、復興への体制づくり
未曾有の事態に直面した住民たちですが、自らの生活を取り戻すために力強く立ち上がっています。
発災後、マンション全体に及ぶ甚大な被害状況を松戸市長へ直接訴えかけたことを契機に、事態は大きく前進しました。市長が直々に事態を重く受け止め、迅速に対応を指示したことで、サンクタス新松戸に特化した支援タスクフォースが直ちに立ち上がりました。
保健師が派遣されて住民の健康確認やメンタルケアが行われるなど、行政の手厚い伴走支援がスタートし、一方で各種ボランティアの手が差し伸べられたことが、復旧への大きな足掛かりとなりました。
マンション内部でも、千葉県の弁護士会やマンション管理士協会、NPO法人など、外部専門家によるプロボノ(無償支援)の輪が広がっています。彼らの助言を受けながら、住民による「復旧チーム」と「復興チーム」が組織され、管理会社との協議や修繕計画の策定など、自律的な再建、そして復興に向けた体制が構築されています。
「防災マンション宣言」への決意と情報公開
甚大な被害を受けたサンクタス新松戸。その復興への道のりにおいて、住民たちが大きな決断を下したのが「被害情報の積極的な公開」です
被災直後は「被害状況を公開すれば、マンションのイメージダウンに繋がるのではないか」という懸念もありました。しかし、「情報を閉ざしたままでは、社会からの支援も得られず、根本的な解決に繋がらない」と住民同士で議論を重ねた結果、被害の実態と復興へのプロセスをすべてオープンにすることで団結し、社会の知見を集める方針へ舵を切りました。
そうして立ち上がったのが、現在の特設サイトです。独自にプレスリリースも打って、メディア向けにも広くその実態周知と支援を呼び掛けています。
【公式】サンクタス新松戸 水害からの復旧と防災マンション宣言までの記録
特設サイトでは、被害の実態から、二度と同じ悲劇を繰り返さない「防災マンション」として、復旧だけではなく今後の備えも万全にしていく決意が発信されています。
そのために、復興支援金や専門的な検証のほか、メディアからのご取材も広く受け付けています。様々な方に現状をご覧いただき、より多くの支援の手が広まることを願っております。

専門家が指摘する「これからのマンション水害対策の教訓」
今後のマンション水害対策の教訓について、さくら事務所メンバーの見解を掲載します。
ハード面の対策
理想的な対策としては、ハザードマップで浸水リスクが建築前に分かっていれば、マンションの電気室などは上階へ設置し、また半地下住戸の採用を避けることが最善です。しかし、既に建っている既存マンションの場合は難しい点もあります。
既存物件で浸水を防ぐことができる場合は、浸水経路を確認の上で止水板の設置やかさ上げ、浸水経路の密閉を行うことが重要です。とくに電気室等の重要設備等は防水・密閉性を高め、浸水しないようにすることが求められます。上階への移転が理想ですが、費用の問題や、2階以上は居住区となるため難しいこともあるでしょう。
立体駐車場は維持管理費用から平置き化が進んでいますが、浸水害には極めて弱いため、できるだけ平置き化を進めることのほか、事前に高台に車を避難させるなどの体制が望ましいと言えます。
なお、今後近隣に大規模施設を建設するような際には、水が集まりやすい立地であることを良く知った上で、通常よりも十分な排水・貯水等に関わる施設・設備を設けること。さらに、いざという時に近隣住民等も含めて避難、滞在ができるような施設であることが望ましいでしょう。
ソフト面の対策
1階住戸は専有部内で垂直避難はできません。緊急的に2階以上への避難はできますが、寝泊りは難しいのが現実です。そのため、事前に水平避難することのルール化が不可欠です。
火災保険の水災特約を厚くしておくこと、それらを見越した管理組合等での備えや防災訓練、住人の安否確認・連絡体制の構築、排水ポンプ類の強化などが、今すぐできる対策です。
どのような浸水(大河川の洪水氾濫、中小河川の氾濫、内水氾濫、高潮、津波)の可能性があるか、まずは浸水リスクの種類と深さ、洪水氾濫時の氾濫流・河岸浸食の有無、浸水継続時間を考慮して被害を想定することがすべての第一歩です。
電気室の浸水等が発生すると、専有部に浸水がなくとも、ライフラインを喪失することがあります。エレベーターも停止し、上階まで水や食料を持って運ぶ、またトイレが1階にしかない場合などは毎回上り下りをするということになりかねません。
ハード・ソフト面の対策について優先度をつけ、共助・自助、また場合によっては公助と組み合わせて、住戸(階)ごとにタイムラインや避難ポリシーを定めて備えていくことが望ましいと考えます。

私が感じていることは、「災害リスクを知る」ことの重要性です。多くの管理組合では無関心層がいまだ多く、災害リスクを知らずに言われるがままの保険に加入している、知らないが故に対策の検討が進まないことが一般的だと思います。
例えば、地下駐車場タイプの場合には激しい降雨が予想される際の事前対応に関する取り決めをしておく、災害時の復旧費用を想定した修繕積立金の余剰確保、水害により緊急的な対応が必要な場合の決裁フローなど、事前に「災害リスクを知る」ことで打てる手立ては増えるのではないかと思います。

今後の新築マンションの建設にあたっては、デベロッパーや建設会社、設計者が水害等の災害リスクをあらかじめ想定し、対策をしておくべきと考えます。
最低限、今後確認申請が出されるマンションにおいては、電気室や機械室を2階や3階へ配置する、あるいは地下に設置せざるを得ない場合は極めて水密性の高い扉を採用し、配管等の経路からの浸水を完全に防止する等の対策を、自治体や国のレベルで義務化していく必要があると考えます。
大規模な浸水被害を受けたマンションの復旧は困難かつ多額のコストを要し、長期的な資産価値や健全な維持管理を阻害する大きな要因となります。
すでに多くのマンションで修繕積立金が不足している現状において、少なくとも新築物件に関してはこうしたリスクを未然に防ぐ対策が不可欠です。
また、既存のマンションに関しても、水害対策への助成金交付や専門家の派遣といった公的な支援が今後は必須になると考えます。

サンクタス新松戸の経験は、日本全国のマンションにとって極めて重要な先行事例です。彼らの復興への道のりを支援し、その教訓を社会全体で共有していくことが、これからの都市型水害に強い街づくりへと繋がります。
さくら事務所は、今後ともサンクタス新松戸の状況を知って頂くこと、また支援活動を推進してまいります。
