斜面物件の安心な住み方とは~「眺めのいい家」の災害リスク対策~

  • Update: 2022-06-14
斜面物件の安心な住み方とは~「眺めのいい家」の災害リスク対策~
災害リスクカルテ

斜面の土地の特徴とは?

 見晴らしのいい高台、新しい街区のひな壇分譲地の宅地は、戸建て住宅でも景色を一望できる景観日当たりの良さもあって、人気のある物件です。斜面特有の、地下車庫のスペースや多層的に土地を活用できるなど、平地の物件にない魅力があるといえるでしょう。執筆者(横山)も、三浦半島の斜面の眺めの良い家育ちです。車2台分ある地下車庫を子供部屋のように活用したり、毎日海が一望できて、花火大会も雪を被る富士山も見えるなど、景観を存分に楽しむことができました。

 メリットが多く見える斜面の物件ですが、災害リスクの点からはどうでしょうか。水害、地震、土砂災害が挙げられますが、まず周りより高い場所にあることが多く、水害の影響は受けにくいといえるでしょう。ただし、高台でも周りより低い場所や、地下車庫のような場合は、豪雨時に水が集まることがないかには注意です。地震時には、高台の地盤は低平な場所よりしっかりしていることが多く、一般的にはゆれにくい地盤であることが多いです。注意するのは、大規模盛土造成地や、宅地内で斜面をならした「切り盛り造成」があります。地盤の不同沈下のリスクは、他の立地より高いと言えます。土砂災害では、起伏のある山側にあることから、場所によっては急傾斜地の崩壊がけ崩れ)、土石流のリスクがある土地や、斜面を抱える物件、5月に横浜市中区で住宅が被害を受けたことでも話題となった「擁壁」のある物件もあります。

高台の眺めのいい物件
※写真はイメージです (横山芳春撮影)

 このような、メリットと合わせて、まっ平な土地にはない、斜面や造成地に特有の災害リスクがあります。何の対策や準備もなく住み続けてしまい、いざ地震や大雨の際に慌てる、ということを避けるため、どんなリスクがあるか、被害を受ける可能性があるかを知って住むことが大切になると考えられます。

盛土のリスク

 高台の土地は、自然のままでは起伏が大きい、宅地を作りづらい土地であることがあります。とくに、分譲地として広い区画を作る際には、高い場所を削って低い土地を埋めた造成が行われることがあります。平坦な土地となっていたり、「ひな壇造成」と呼ばれるような段々の敷地となっていることもあり、もともとどのような地形であったのかわからなくなっていることもあります。「ひな壇造成」では、敷地内で高い側の半分の土が切り取られ、低い側に埋められるようなこともあります。このとき、元々高い土地を削った場所を「切土地」、埋めた場所を「埋土地」と呼ぶことがあります。

 造成地斜面の土地、眺めのいい高台のへりなどの住宅では、このような盛土地の区画であったり、区画内に盛土と切土が混在している場合もあります。盛土地や、敷地内に盛土地と切土地がある物件では、いくつかのリスクが考えられます。

①地盤の不同沈下リスク
 家を建てた後で、住宅が片側に傾いてしまうことを不同沈下といいます。地盤が原因で住宅の不同沈下が進んでしまうと、健康被害につながることもあります。盛土地は何万年もの時間をかけて自然にできていった地盤と異なり、人が手を入れています。造成した際の盛土の状況や材質によっては、不同沈下が起きやすい地盤であることがあります。また、切土地と盛土地が混在している場合は、切土地側が地盤が硬く、盛土地側が柔らかいことから、盛土地側への不同沈下が発生しやすいと言えます。

②地震時の滑動崩落、流動化のリスク
 盛土造成地では、地震時に街区ごと地盤が滑ってしまうような滑動崩落、また液状化現象が発生して「流動化」が発生するケースもあります。2018年9月に発生した北海道胆振東部地震では、札幌市清田区の高台の造成地で、地盤の流動化による大きな被害がありました。流動化した地盤が斜面を下って流出し、建物が大きく傾くような現象が発生しました。

北海道胆振東部地震における盛土造成地の地盤流動化
2018年9月6日 北海道札幌市清田区にて(横山芳春撮影)


③地震時の揺れやすさ、変状による被害
 東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の事例では、仙台市の造成地において、木造建物の被害の約8割は盛土および、切土と盛土の境界部で起きているという調査結果があります。さらに、宅地被害と木造住宅との関係では、切土地を基準とすると、盛土で地震の強さが増幅されることによる被害は4倍盛土の変状による被害は40~70倍と、地盤条件によって地震時の被害が非常に大きくなることも知られています。

高台の土砂災害リスク

 高台であるということは、低い土地と高い土地の高低差がある場所、であるということができます。平坦な場所にはがけがありませんが、高低差があると、がけや斜面となる場所が多く出てきます。地形の面では、山地、丘陵地や台地のへりなどが土砂災害リスクが高くなります。関東平野では、多摩地域から川崎市、横浜市西部に広がる多摩丘陵、鎌倉市から逗子市、横須賀市に広がる三浦丘陵などが、見晴らしがいいとともに、がけや斜面が多い土地と言えるでしょう。別荘地やリゾート地として、伊豆や箱根、高原地帯、温泉地なども同じような条件であることが多いです。

 まずは自治体の土砂災害ハザードマップを確認して、特に「土砂災害特別警戒区域」である場合、また「土砂災害警戒区域」に該当する場合は注意が必要といえるでしょう。ただし、角度や高さの関係で区域に指定されていないがけや斜面でも、崩れることはあるので、指定されていない=警戒は不要、ではないことには注意が必要です。敷地や周辺にあるがけや斜面に目を配ることが大切です。

土砂災害警戒区域・特別警戒区域の指定範囲(急傾斜地の崩壊の場合)(東京都建設局HP

 

 土砂災害には、急傾斜地の崩壊(がけ崩れ)土石流地すべりの3種類があります。土石流の警戒・特別警戒区域にある場合は、大きな被害をもたらすことがあります。斜面の土地に多いのは急傾斜地の崩壊(がけ崩れ)で、大雨や地震の際に崩れることが懸念されますが、がけが崩れる前に、前兆となる現象がみられることがあります。

 下の図のような、①がけにひび、亀裂が入っている②がけから小石がぱらぱら落ちてくる③わいていた湧水が止まった、濁った④がけから水が噴き出してきた、などの現象があったときには、急傾斜地の崩壊(がけ崩れ)が迫っている可能性もあります。自治体や管理者、所有者などへの通報、連絡をすることが望ましいです。平時から敷地や良く通る場所の崖を見ておき、特に大雨の際や地震後などに異変がないか確認しましょう。

 土砂災害―急傾斜地の崩壊(がけ崩れ)の前兆となることがある現象

 2020年に、逗子市マンション敷地のがけが崩れ、下の歩道を歩いていた高校生が巻き込まれて亡くなるという非常に痛ましい災害がありました。敷地のがけが崩れて人や財産に被害を与えてしまった場合、損害賠償請求の対象となることもあり、被害者となるだけではなく加害者となりうることもあります。マンションは建物が大きい分、敷地も広く崖や斜面を抱えることも多い一方、所有しているという意識が薄くなることもあるといえます。

 また、逗子市のがけ崩れの事例では大雨や地震が逢った後ではないようですが、一部報道では、先日にがけに亀裂が発生していたといわれています。前兆現象である「がけにひび割れ、亀裂」が発生していたことから、この情報が関係当局へ行き届き、通行禁止やがけ下側の歩道を通らないなどの措置が行われていたらと思うと、悔やまれます。被害者としてはもちろん、加害者になってしまうことがないように、事前に敷地内に崩れる可能性があるがけや斜面があるかどうか、ある場合には事前に確認することや、所有している場合には定期的にまた大雨や地震のあとの保守や点検が必要であると考えます。

 

2020年に逗子市で発生した土砂災害現場
マンションの敷地内斜面が崩落した(横山芳春撮影)

擁壁がある場合には

 高低差がある敷地では、崖の崩壊を防ぐための壁、擁壁が設けられていることがあります。擁壁は、昔から住んでいる家の場合や、既存の擁壁つきの宅地を購入する場合には、擁壁が古い基準で建築された「既存不適格」となっていることがあります。その場合、家屋の建て替えの際などに擁壁を作り直す必要がある場合、地域によっては地盤改良等が必要な事例もあり、コストが大きくなることがあるばかりか、大雨や地震で擁壁が倒壊、破損することもあります。擁壁の破損があると、上に建っている家屋も被害を受けるケースや、最悪の場合は家屋が崩落する可能性もあるばかりか、擁壁の下の住宅や歩行者などにまで被害を与えてしまうこともあります。

 擁壁は定期的な確認や、既存擁壁付きの物件を購入する場合には、擁壁の変状や破損がないかをチェックすることが望ましいです。国土交通省が、「我が家の擁壁チェックシート」を公開しているので、チェックする際の参考として利用できます。敷地内に擁壁がある場合には、大雨や大きな地震があったあとに定期的に点検し、ひび割れやふくらみが発生していないか、また梅雨時前や台風シーズンなどに、水抜き穴や排水施設の清掃や草取りなどをしておくことが良いでしょう。

熊本地震における擁壁の倒壊
2016年4月16日 熊本市益城町にて(横山芳春撮影)

リスクを知って、眺めのいい斜面の土地に住む住み方

 海が一望できる「眺めのいい土地」も多い、熱海市内にお住まいのライフスタイルデザイナー中屋香織さんにインタビューをさせて頂きました。中屋さんはご自身も熱海に移住され、「自分らしく暮らすこと」をテーマに、自分らしく暮らしたい方の支援をされていることから、今回防災に関するアドバイスのご依頼をいただきましたので、傾斜地での実際の事例や対策を含めて紹介させて頂きます。

 中屋さんの事務所兼ご自宅は熱海市内の海が見える斜面にありますが、その敷地が土砂災害特別警戒区域急傾斜地の崩壊)にかかっています。大雨により土砂災害の懸念があるときは、敷地外に避難することが望まれる場所です。中屋さんに避難時はどうしているのか尋ねると、近隣の避難所に入るのではなく、お知り合いの家に布団を持って移動し、普段と違う食事を持ち寄るなど、怖いだけでなく楽しい気分で過ごせるような工夫もされているそうです。大変素敵な心掛けですが、そこには「避難所が避難所としての機能を果たしていない」という悲しい実情も伺えます。

 では、実際に、自宅が土砂災害警戒区域、土砂災害特別警戒区域にある場合、どのような対策が望まれるのでしょうか。近年、政府分散避難として行政が指定した避難場所のほか、安全な知人・親戚宅安全なホテル・旅館への避難を推奨しています。避難場所へ行くことがためらわれる場合などは、事前にこれらの場所への避難も検討しておくことが望ましいです。なお、避難のタイミングについては、令和3年5月より下の図のように変更されていますが、遅くとも「警戒レベル4 避難指示」の段階で全員避難が必要です。高齢者や障害がある方、また自主的に小さなお子様がいる場合などは、「警戒レベル3 高齢者等避難」のタイミングで先行した避難を検討することが望ましいと考えられます。

出典:内閣府・防災情報のページ

 

 中屋さんは「その土地におけるリスクと対策をあらかじめ知ったうえで、この素敵な場所に住んでいたい。選んだからには自己責任、自分にできることはやる、主体性を持って積極的に知識を得ることが大事」と語られています。ただおびえるだけではなく、知ることと、具体的に想像して行動することが大事です。災害がひっ迫している際の避難だけではなく、日ごろからできることもあります。想定された災害に対しての備蓄や対策のほか。がけ擁壁に異常がないかチェック、掃除を定期的にすることも斜面特有のリスクに対して有効と考えられます。

 擁壁や斜面は、敷地外の隣地や公共用地にまたがっていることもあります。近隣の所有者などと連携していくことも望ましいです。中屋さんのケースでは、家から道路を挟んだ海側に竹やぶがあり、タケノコ取りシーズン以外は放置されていたことから、所有者と連携を取って景観維持を含めた竹の伐採なども行っているとのことでした。

 また、地域や学区で情報を共有、活用することができると、例えば、土砂災害の前兆のような現象があった時、前兆があった付近の道路通行を制限するなどの地域レベルでの対策ができ、さらに地域の防災力は向上すると考えられます。

 住み替えの際も、メリット、デメリットを確認しておくことが必要です。今の不動産取引の仕組みの中では、水害のハザードマップや土砂災害警戒区域にあるかなど、一部の災害リスクは「重要事項説明」として、説明することになっています。しかし、重要事項説明は不動産会社の宅地建物取引士から、契約日に印鑑を押す直前に説明されることが通例で、それも形式的にハザードマップの記載はこうですよ、と説明されるだけであることが多いです。地震で揺れやすい地域であるとか、土砂災害警戒区域ではないがけ、敷地内の盛土などについては、とくに説明の義務がありません。自ら、情報を取りに行く姿勢も必要であるでしょう。

 眺めが良い、日当たりが良いなど、平地の物件にない魅力を持った斜面の物件。特有の災害リスクは伴いますが、事前に知って対策をすることで、豊かな暮らしは実現できます。中屋さんは言います。「その人に合った土地や暮らしが人それぞれ絶対にある。私はそれを見つけるお手伝いをしたいだけなんです。」と。私たちが提供する防災サービス「災害リスクカルテ」が第三者性を重んじているのも同じ気持ちからです。カルテを発行した結果、「危険だからここには住まない方がいい」というアドバイスは致しません。それぞれが「ここだ!」と思った土地で納得し、安心して暮らすための支援を常にしたいと考えております。災害リスクカルテは、買いたい、借りたい物件だけでなく、現在居住中の住宅に対しても発行することが可能です。もし少しでもご不安に感じている方がいらっしゃいましたら、ぜひ一度ご相談ください。