マップには載っていない「隠れ盛土」とは?
大規模盛土造成地の課題
1月14日に放映されたNHKスペシャルでは、1995年に発生した兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)で、盛土地の被害で大きな被害が発生したことが紹介されていました。その後の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)や、北海道胆振東部地震でも、多くの盛土造成地での家屋被害が発生しました。長い時間をかけてできた自然の地盤と異なり、人工的な盛土の地盤では、大地震発生時に盛土部分の変動や、盛土と自然の地盤との境界面等にて盛土全体の地滑りのような状態が発生し、造成地の宅地で被害が発生することが繰り返されています。
盛土(盛り土:もりど)、とはどういったものでしょうか。高低差のある土地を平らにすると、高い場所は平らに削ります。これを切土(切り土:きりど)といいます。低い土地を平らにするには、土を盛って低まりを埋める必要があり、これを盛土といいます、盛土でできた土地を盛土地(もりどち)といったり、盛土で造成された土地を「盛土造成地(もりどぞうせいち)」といいます。盛土造成地のうち、次のいずれかにあたるものを「大規模盛土造成地」と呼びます。
1)谷埋め型大規模盛土造成地 : 盛土の面積が3,000平方メートル以上
2)腹付け型大規模盛土造成地 : 盛土をする前の地盤面の水平面に対する角度が 20 度以上で、 かつ、盛土の高さが 5 メートル以上
大規模盛土造成地の種類(国土交通省HPより)
このような大規模盛土造成地の場所は、都道府県や市町村において、造成前後の航空写真や地図を比較して調査を行い、大規模盛土造成地マップとして公開しているものです。国土交通省によると、令和2年3月までに、47都道府県の1003 市区町村において、51,306 カ所(面積約 10 万 ha)の大規模盛土造成地が公表されています。738 市区町村では大規模盛土造成地なしと公表されています。
しかし、近年では大規模盛土造成地マップに掲載されていない盛土地での地震時の被害も明らかになっています。また、谷埋め型では3000㎡に満たないなどで調査対象とならない盛土も多数ある可能性も指摘されています。ここでは、地図に載らない盛土の被害事例のほか。谷埋め盛土のチェック方法についても紹介します。
隠れ盛土とは?
隠れ盛土(隠れ盛り土)とはどういったものでしょうか?1月14日に放映されたNHKスペシャルのHPでは、「隠れ盛土」とも言える盛土の存在として、「自治体が公表している大規模盛土造成地マップに載っているのは、あくまでも大規模な盛土のみ。しかし、住宅数軒ほどの規模の小さい盛土も、多数存在しています。」と述べられています。
なお、隠れ盛土という用語が生まれたのは、筆者の調べでは2019年9月7日の毎日新聞のニュースです。2018年9月に発生した北海道胆振東部地震で、大規模盛土造成地マップに掲載されていなかった盛土造成地で大きな被害があったことを取り上げた際のニュースです。なお、このニュースでは北海道胆振東部地震の発生当日に現地入りして調査を実施した筆者(横山芳春)のインタビューもあり、「マップ未掲載の隠れた盛り土は全国に多数あるとみられる。家を建てる時には極力、どんな地形だったか開発業者や古くからの住民に聞くなどして調べてほしい」とコメントしています。ここで、筆者が「(大規模盛土造成地)マップ未掲載の隠れた盛土」と述べたことをきっかけにできた造語のようでした。
下の図は、北海道胆振東部地震で被害の大きかった地点(赤枠)を、改定前の大規模盛土造成地マップ(左)で見ると、盛土として色がついていない部分に該当していることがわかります。地震被害を受けて改定された大規模盛土造成地マップ(右)では、谷埋め盛土(令和元年度)として示されています。
被害が大きかった場所の古地図を調べてみると、谷筋にあり水田が広がっていたような場所(下の図で色がついているところが谷だった場所)であることが明確です。このように現在の地形と、造成が行われる前の地図を比較することで、大規模盛土造成地マップに掲載されていない隠れた盛土造成地を見破れることがあります。
北海道胆振東部地震において被害が大きかった場所の古地図(札幌市清田区)
大規模盛土造成地の調べ方は?
大規模盛土造成地マップは、各自治体のホームページでも見ることができますが、国土交通省が公開する「重ねるハザードマップ」が便利です。洪水や津波、土砂災害のハザードマップだけでなく、大規模盛土造成地マップも閲覧できるようになっています。重ねるハザードマップのトップ画面にありませんが、①調べたい住所を入力して検索(または地図上を移動して)したのち、以下の画面の手順で大規模盛土造成地マップを確認できます。
②画面左側の「選択中の情報」下部にある「すべての情報から選択」をクリック、③「情報リスト」が現れるので、「土地の情報・成り立ち」を開き、④「大規模盛土造成地」をクリック(下のほうに隠れていることがあります)すると、地図に大規模盛土造成地の位置が色塗りで表示されます。⑤色がついている場合は、大規模盛土造成地に該当しています。クリックすると、谷埋め型、腹付け型、どちらかがわかります。なお、谷埋め型は黄緑色、腹付け型は青色、区分していないものは赤色で塗られています。
重ねるハザードマップによる大規模盛土造成地マップの確認方法(「重ねるハザードマップ」に加筆)
ただし、重ねるハザードマップではあまり拡大すると大規模盛土地の表示が消えてしまうことから、家1軒単位での境目付近にあるなどで詳しく確認したい場合には、市区町村役所等の窓口でより詳しい地図等を閲覧して確認することができます。自治体によって、関係部署の窓口として宅地課、都市計画課、開発指導課、計画指導課など異なりますので、各自治体の窓口と公開状況とあわせてご確認ください。
また、重ねるハザードマップでは山形県鶴岡市、長野県飯田市、茨城県那珂市の「大規模盛土造成地マップ」は掲載されていない(掲載状況一覧 (2023年1月21日閲覧))とされていますので、各自治体への確認が必要です。また、その他の自治体でも最新の情報などが公開されていることがあるので、各自治体のHPなどを確認することが望ましいです。
「隠れ盛土」地の探し方は?
大規模盛土造成地マップには、自治体の調査で谷埋め型では盛土の面積が3,000平方メートル以上(谷埋め型)の大規模盛土造成地を示しているものです。①北海道の事例のように掲載されていない場合のほか、②3,000平方メートルに満たない小規模な盛土はそもそも掲載されていません。
このような大規模盛土造成地マップに掲載されていない、「隠れ盛土」の調べ方についてはどういったものがあるでしょうか。盛土造成が行われた時期より前の古地図(旧版地形図)と、今の地形図を比較することで、谷を埋めた場所がわかる場合があります。「今昔マップ(こんじゃくマップ)」というサイトでは、古地図など様々な地図を並べて比較することができるので、盛土地探しにも適しています。
使い方は、下記の今昔マップのトップ画面から、閲覧したい地域の枠をクリックします。今昔マップでは全国はカバーされていませんが、人口の多いエリアはカバーされていることが多いです。範囲の狭い枠ほど、たくさんの年代の古地図が公開されているのでお勧めです。なお、「ひなたGIS」というサイトでも古地図を見ることができます。
今昔マップのトップ画面(今昔マップ)
今昔マップで各地域の地図の画面から、①調べたい住所を入力して検索(または地図上を移動して)したのち、②地図の年代を選ぶことで、様々な年代の古地図を見ることができます。地域によっては、すべての年代の古地図がない場合もあります。古地図(左)と、今の地図(右)を比較することができるようになります。カーソルの場所で昔の地図と今の地図を見比べることができます。
今昔マップの地図画面・旧版地形図と比較(今昔マップ)
今昔マップでも、大規模盛土造成地マップを重ね合わせてみることができます。③2画面表示のうち、右側地図の右上のプルダウンをクリックして開き、ハザードマップの下にある④大規模盛土造成地マップをクリックすると、大規模盛土造成地マップが表示されます。⑤地図左側にある「地図不透明度」を変更すると、プルダウンで選んだ地図を透かして見ることができます(下図の左の地図では古地図に大規模盛土造成地マップを重ね合わせ)。重ねるハザードマップと同様に、掲載されていない大規模盛土造成地マップがある場合もあるので、自治体のHPや窓口への確認はお勧めします。
今昔マップの地図画面・大規模盛土造成地マップの表示(今昔マップ)
ここからは、人の目による読み取りが必要になります。旧版地形図で谷とみられる場所を等高線から読み取り、現在の地図を比較します。現在は比較的平坦な場所や高低差が小さな場所になっていても、かつて谷であった場所は谷埋め盛土である可能性があります。まずは旧版地形図で低い場所から谷が入り込んでいる場所を読み取ります。
下の図では、例として赤い枠で囲った中で、谷であった場所(ここでは盛土造成地とは限りません)を読み取って青色に塗っています。このような谷のうち、最近の地図で等高線をみて台地に入り込んでいる部分や、現地を見て擁壁がある場所、大規模盛土造成地マップ(緑色の場所)の周辺を中心に、盛土造成地がある可能性があります。
今昔マップの地図画面に谷だったとみられる場所を青色で着色(今昔マップ)
造成地以外の「盛土」・残土捨て場などにも注意
なお、「盛土」には、宅地などとして造成された盛土造成地のほか、残土捨て場や土砂の一時的な堆積などによるものが含まれることがあります。しかし、このような場合も、盛土造成地ではないので基本的には盛土造成地マップには掲載されていません。
法的には、従来の「宅地造成等規制法(宅造法)」は、宅地造成に伴い、「がけ崩れ又は土砂の流出を生ずるおそれが著しい市街地等」における一定規模以上の切土・盛土が対象でしたが、一昨年に熱海市で土石流被害が発生したことを踏まえて、対象となる区域や行為などを拡大した「盛土規制法」が今年5月に施行されます。
熱海で発生した土石流の原因は、いっぱんには「盛土」として報道されていますが、盛土造成地ではなく「実態は残土捨て場(静岡新聞)」でした。盛土規制法では、宅地造成のみでなく、熱海のケースのような山林も含まれ、さらに被害を及ぼしうる平地部まで対象となっていることがポイントです。
このような、以前に持ち込まれた残土・土砂の堆積が近くにあるかどうかは、古地図のほか年代ごとの空中写真の比較や、自治体・近隣住民への聞き込みなどでわかる場合があります。
盛土規制法の対象・区域指定のイメージ(国土交通省資料)
盛土地である場合、盛土地の可能性がある場合には?
旧版地形図で谷だった場所で、現在では高台の台地側と標高が同じようになっている場所のほか、地図では現れない家1軒や数軒単位で盛土が行われていることもあります。傾斜地に多い「ひな壇型」の造成が行われている場所では、敷地内で盛土造成地がある場合があります。家1軒単位でも、半分が切土、もう半分が盛土などの場合、地盤の硬さが敷地内で大きく違ってしまうこともあります。家屋の不同沈下につながってしまうので、「地盤調査」の際に注意が必要になります。
傾斜地の物件や擁壁がある物件=盛土のある物件ではないですが、擁壁の健全性や劣化なども課題となる可能性があるので、国土交通省の、「我が家の擁壁チェックシート」などをもとにチェックしておくとよいでしょう。盛土地に多い、既存の擁壁つきの宅地を購入する場合には、擁壁が古い基準で建築された「既存不適格」となっていることがあります。その場合、家屋の建て替えの際などに擁壁を作り直す必要がある場合、地域によっては地盤改良等が必要な事例もあり、コストが大きくなることがあるばかりか、大雨や地震で擁壁が倒壊、破損することもあります。擁壁の破損があると、上に建っている家屋も被害を受けるケースや、最悪の場合は家屋が崩落する可能性もあるばかりか、擁壁の下の住宅や歩行者などにまで被害を与えてしまうこともあります。
擁壁は定期的な確認のほか、大雨や大きな地震があったあとに定期的に点検し、ひび割れやふくらみが発生していないか、また梅雨時前や台風シーズンなどに、水抜き穴や排水施設の清掃や草取りなどをしておくことが良いでしょう。いずれも、心配な場合には信頼できるプロに相談することが望ましいと考えます。
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■記事執筆者(災害リスクカルテ監修)
横山 芳春 博士(理学)
だいち災害リスク研究所所長・地盤災害ドクター地形と地質、地盤災害の専門家。災害が起きた際には速やかに現地入りして被害を調査。広島土砂災害、熊本地震、北海道胆振東部地震、山形県沖地震、逗子市土砂災害等では発生当日又は翌朝に現地入り。
現地またはスタジオから報道解説も対応(NHKスペシャル、ワールドビジネスサテライト等に出演)する地盤災害のプロフェッショナル。