2023年5月に施行される盛土規制法とは? 熱海市で発生した土石流災害の教訓から改正  

  • Update: 2023-04-20
2023年5月に施行される盛土規制法とは? 熱海市で発生した土石流災害の教訓から改正  

2023年5月に施行される盛土規制法 熱海市で発生した土石流災害の教訓から改正

「盛土規制法」が施行されます

 2021年7月3日、熱海市の伊豆山地区で土石流災害が発生しました。集落を流れる熱海市伊豆山地区を流れる逢初川の源頭部にあった「盛土」を起点に土石流が発生、死者28名静岡新聞 )、家屋の被害128棟総務省)という被害が発生しました。この土石流災害は、「盛土」といっても、人が住むために住宅地用に造成された「盛土造成地」で起きたものはなく、川の源流部で「残土置き場」として土が盛られたような場所を起点として起きた災害でした。

 この熱海市で発生した土石流災害を未然に防げなかった教訓として、今年2023年5月26日に、盛土に関する新しい法律「宅地造成及び特定盛土等規制法」、略して「盛土規制法」が施行されます。従来の宅地造成等規制法(宅造法)」を、法律名だけでなく目的・内容を抜本的に法改正したものです。なぜ新しい法律・盛土規制法が必要か?盛土規制法とはどのような法律か、盛土造成地で想定されるリスクかについて解説していきます。

熱海市伊豆山の土石流被害(熱海市 2021年 横山芳春撮影)

盛土規制法がなぜ必要となったか?

 熱海の土石流の起点となったのは、盛土造成地の住宅地ではありませんでした。山林にある残土が埋め立てられた場所でした。ところが、従来の盛土造成関連の法律である宅地造成工事規制法、また都市計画法などは、あくまで建物を建てる場所として造成された場所を対象とするものです。住宅地ではない森林や農業地域に関する土地改変の法律は異なるもので、盛土が行われる区域や規模等によって規制対象とならないものがあるなど、一元化されていない課題がありました。

 実際に、熱海市で「盛土」があった場所は森林法の対象となる森林地域(私有林)であったようです(総務省)。森林法では土地の形質の変更(土石の集積を含む)が1ha以上の場合は都道府県知事への許可が必要ですが、ギリギリ1ha未満として届け出されており、県と市の意見相違があるなどの報道がありました(静岡新聞 )。

 熱海市の土石流の発生した起点部付近の状況(熱海市 2021年 横山芳春撮影)

 

 熱海の土石流はまさに、被害を受けた場所は都市地域にある宅地でしたが、川の上流側の山林にあった盛土が起点となった災害でした。「盛土」の実態は残土で産業廃棄物も混じっていたことから、廃棄物処理法に基づき県や市は指導を再三進めていましたが実効性がなかったこともあり、危険な盛土等を一律に規制することができる法律が必要となりました。

 このため、従来の宅地造成等規制法を法律名、目的も含めて抜本的に改正し、土地の用途(宅地、森林、農地など)にかかわらず、危険な盛土などを全国一律の基準で包括的に規制、さらに責任の明確化や実効性のある罰則を設けるための法律として「盛土規制法」が施行されることになりました。

盛土等に関連した従来の法律と土地利用区域(内閣府資料

盛土規制法の4つのポイント

  盛土規制法宅地造成及び特定盛土等規制法)では、従来の法律の課題を踏まえて、「危険な盛土等を全国一律の基準で包括的に規制する法制度」とするねらいがあります。その内容は、①スキマのない規制②盛土の安全性の確保③責任の所在の明確化④実効性のある罰則の制定という4項目を軸としています(国土交通省資料)。以下、各項目について掘り下げてみます。

①スキマのない規制

 盛土規制法では、従来の法律の課題を踏まえて、土砂流出等により人家等に被害を及ぼしうる、森林、農地、平地部の土地を広く指定し、これまで規制が難しかった森林、農地を含む土地を造成するための造成や、土捨て行為や一時的な堆積(残土の山など)も対象の範囲となりました。直接的な宅地を造成するための盛土・切土だけが対象ではなく、市街地や集落から離れていても、地形などの条件から人家に危害をおよ推しうるエリア全体を対象とすることができるようになりました。まさに、スキマのない規制により、土砂流出等により人家に被害を及ぼすことが懸念される土地を広く指定しているものとなります。

盛土規制法の対象範囲は非常に広くスキマのない規制が可能となる(国土交通省資料

②盛土の安全性の確保

 盛土の安全性の確保としては、まず盛土等を行う地形や地質に応じて、災害防止のために必要な許可基準を設定します。許可にあたっては、工事主の資力、信用、工事施工者の能力も審査対象となります。また、許可にあたっては土地所有者の同意及び、周辺住民への事前周知(説明会の開催等)が要件化されます。対象地域の地形・地質に応じた対応が可能となり、書類上の手続きだけでなく信用力・技術力のない事業者による施工や、土地所有者全員の同意がない、周辺住民が知らない盛土の施工は難しくなっていくことでしょう。

 次に、許可基準に沿って安全対策が行われているか確認するため、①施工基準の定期報告②施工中の中間検査、および③工事完了後の完了検査を実施することが求められます。地域の実情に応じて、許可基準を強化するほか、報告の頻度や内容、検査対象項目を上乗せ等を行うこともできます。許可を出して終わりではなく、中間、完了時の検査で盛土の安全性の確保が進められます。

③責任の所在の明確化

 盛土の責任についても明確化されます。管理責任としては、土地所有者等は盛土を常時安全な状態に維持する責務を有することが明確化されます。土地所有者等とは、土地の所有者ほか、管理者、占有者、また土地が譲渡等された場合でも、盛土等があった時点の土地所有者等に責務が発生します。

 監督処分として、災害防止のため必要な時には土地所有者だけでなく原因行為者(過去の土地所有者等)に対しても是正措置等を命令できます。当該盛土を行った造成主や工事の施工者、過去の土地所有者等も命令の対象になり得るなど、監督責任から逃れられないようになっています。

実効性のある罰則の制定

 罰則も形式的なものではなく、抑止力として十分機能するよう、無許可行為や命令違反に対しては重い懲役刑や罰金刑が課せられます。土地所有者等、原因行為者、設計者、造成主、工事施工者を対象に、最大で懲役3年以下、罰金1000万円以下と、これまでの法律や条例による罰則の上限より厳罰化されます。法人に対しては法人重課として最大で3億円以下の罰金が課せられます。

 従来の盛土関係の法律では、宅地造成等規制法(命令違反)では懲役1年以下、罰金50万円以下、最も重い農地法(無許可の農地転用)でも懲役3年以下
罰金300万円以下、法人重科1億円以下といった状況(内閣府)であったことからすると、厳罰化が進んだことが分かります。

盛土などで想定される災害は?

 それでは、盛土が原因となる災害にはどのようなものがあるのでしょうか。搬入残土などによる災害大規模盛土造成地の災害、そして敷地レベルでも存在する盛土地のリスクの3つについて解説していきます。

搬入残土などによる被害

 熱海市伊豆山の土石流被害は、盛土造成地でなく山林を埋めた残土を起点としたことは冒頭で説明しました。盛土規制法として法改正が行われるに至ったケースです。このような残土の搬入は、熱海市の事例がレアケースなのでしょうか?2018年の西日本豪雨の際、京都府で山頂に“捨てられた”建設発生土による土砂崩れが発生したケース(日経クロステック)があります。東京都日の出町では、2016年以降に実施された運動場名目の造成の実態が、事実上の残土処分場であったとみられる事例(東京新聞)など多くが知られています。

 実際に、2021年の熱海の土石流災害後にも、同じ静岡県内で残土による災害の事例がありました。2022年9月の台風15号静岡県浜松市で民家裏にある斜面の土砂が崩れて土砂が住宅街に押し寄せ、住宅3棟が損壊、3人が負傷する災害がありました。現地を見たところ、瓦やレンガの破片、砕石のような石を雑多に含む土砂で、所有者が自らの敷地内に廃棄物混じりの土砂を積んだ「無届けの搬入残土」である(静岡新聞)とされています。

台風15号による残土を起点とした土砂災害(浜松市 2022年 横山芳春撮影)

 盛土とは本来、適切に地下水を排水するための排水施設が施工されますが、ただの残土を埋めた場所ではこういった措置は行われません。残土が人家より上流側や高い場所にある場合、熱海のような土石流発生や、斜面にある場合では土砂崩れ、残土ごと滑ってしまうような災害の発生が想定されます。従来は、これらのような事例は法律の狭間に落ちてしまっていたり、自治体に「残土条例」「土砂条例」など有効な条例がなかったり罰則が軽いなどから、具体的な対策が難しい面がありました。今後、広い範囲の下流側の住宅にも大きな影響を及ぼすことが懸念される、山林等における残土埋立ての問題に際して、盛土規制法による規制が進むことが期待されます。

 なお、このような被害を受けやすい場所は、そもそも自然地形・地質が原因で土石流やがけ崩れが起きやすい場所であることがあります。土砂災害警戒区域、土石流危険渓流などに指定されている場合には、土砂災害に警戒が要る土地です。また、起伏が多い山林の土地、またそれらに面した、あるいは上流側に山林をもつ河川に近い場合などは、区域指定がない場合でも注意を要することがあります。

大規模盛土造成地における災害

 それでは、残土などではなく、住宅街となっている大規模盛土造成地には、災害リスクはないのでしょうか?宅地を造成する際に、谷を埋めたり腹付けして造られた大規模盛土造成地では、大地震などで盛土じたいが地滑りのように動く現象(滑動崩落)が生じることがあります。滑動崩落では、盛土地盤上にある住宅や、盛土と地山との境界付近にある住宅の損壊、また土砂が低い側に流出することによる災害が発生してしまうことがあります。1995年の兵庫県南部地震2011年東北地方太平洋沖地震などにおいて、大規模盛土の活動崩落による住宅への被害が発生しています(国土交通省 )。

 このような大規模盛土の滑動崩落は、住宅1軒の敷地内の盛土だけの問題ではありません。街区全体の中での盛土である範囲で起こりますので、10戸以上などが対象となることもあります。一方で、同じ新興住宅街にあっても、もともと自然の地盤であったり大規模盛土ではない住宅においてはこのような被害は発生しにくい状況となります。1軒だけ地盤改良や住宅の耐震化を行っても効果が薄く、同じく大規模盛土に該当する住人の方々と連携して、自治体とともに対策を協議していく必要があるでしょう。

谷埋め型盛土造成地における滑動崩落のイメージ(国土交通省

 なお、東北地方太平洋沖地震後に、仙台市における盛土造成による宅地を対象とした調査では、①木造建物の半壊以上の被害の8割は、自然地盤と盛土の境界部と、盛土地で発生していることや、②木造建物が全壊した割合は、自然の地盤に比べて盛土が原因で地震の揺れが大きくなる現象により4倍、盛土の変状による被害は40~70倍と、地震時の住宅の被害は自然地盤に比べて盛土地盤で被害が急増することが報告されています(地盤工学会シンポジウム資料)。

 大規模盛土造成地は、谷埋め型であれば3000㎡以上の面積の盛土造成地が対象となりますが、それ以下の面積の盛土地など、存在が地図上に示されていない盛土造成地も多数あることが現状です。このような盛土は「隠れ盛土」と呼ばれることがあります。大規模盛土造成地、「隠れ盛土」の探し方は、以前に後悔したコラムマップには載っていない「隠れ盛土」とは?」をご確認下さい。

宅地盛土で起こる被害の例

 盛土は、数戸単位の小さなものから、1軒の宅地内で個別宅地において盛土があるケースがあります。高低差が大きく、擁壁があるような敷地では、擁壁の背後に人為的な盛土(裏込め土とも)が施されている場合が多くあります。このような小規模な盛土では、下の図のような災害が想定されます。

 まず、敷地内で山側が自然地盤(灰色部分・切土とも)、谷側に盛土(青色)のような境界部(切盛境界)をまたがって建物が建っている場合、とくに盛土が施工されてから年月が経っていない新規盛土では住宅の「不同沈下」事故が発生しやすい傾向があります。不同沈下とは、地盤が圧縮または建物の重さで片方に向かって沈下してしまうことで、建物の傾きにつながります。これは災害というよりは建築時の欠陥住宅の一種ともいえますが、締固めや安定期間が不十分でない盛土で発生しやすい傾向があります。地盤調査では、特に高低差の大きな地域や、もともと水田であった場所などをかさ上げした土地では、数値だけでなく造成した盛土が評価されているかに注意する必要があります。

 次に、前項でも説明したように盛土地盤では大きな地震があった際に、被害が大きくなる傾向があります。盛土地盤がズレ動いて変形する場合や、最悪のケースでは擁壁が転倒するような場合もあり、その際には建物を支持する地盤が流出してしまうことから、家屋の沈下や変形につながることもあります。現在の建築基準法を満たさない古い擁壁では、大地震や豪雨等によって損壊するおそれもあります。また、盛土地盤では地震の揺れが大きく増幅されることがあり、自然地盤と比べて激しい揺れに襲われることで、家屋の倒壊や損傷が大きくなるおそれがあります。擁壁がある場合や既存擁壁のある土地を購入する際には、擁壁の健全性のチェックなどを行うことをお勧めします。

 山側に斜面やがけ、のり面がある場合には、地震や豪雨によっては崩壊、崖崩れなどが発生する可能性もあるでしょう。高低差がある高い側であるだけに、川の氾濫や洪水、津波による被害は受けにくいと考えますが(平地と工程差が小さい盛土地では影響を受けることも)、地震や大雨の際に被害が大きくなりやすい傾向があります。

 このような小規模な宅地単位の盛土は、盛土規制法によるカバーが難しい部分です。住宅を購入する際や、我が家の盛土地盤の可能性を確認するには、地図情報などを用いた確認や、必要に応じて現地調査などの実施が求められます。なお、個別宅地の災害リスクを評価する「災害リスクカルテ」では、2023年2月にアップデートした際、大規模盛土造成地に加えて隠れ盛土の可能性についての評価も追加しています。

宅地の盛土における災害リスクのイメージ(横山芳春原図)

検討中の物件やご自宅の地震や災害リスクを知りたい方は「災害リスクカルテ」のご検討を

災害リスクカルテ(電話相談つき)

 さくら事務所の災害リスクカルテ(電話相談つき)は、知りたい場所の自然災害リスク(台風・大雨、地震etc)を地盤災害の専門家がピンポイントで診断、ハザードマップがない土地でも、1軒1軒の住所災害リスクを個別に診断します。1軒ごとに古地図の確認や地形区分の評価を行っているので、盛土地である可能性や、災害リスクについてもコメントしています。

災害リスクレポート専門家による電話コンサルティング
で、あなたの調べたい場所の災害リスクを完全サポート

  • 災害と建物の専門家が具体的な被害を予想
  • 最低限の対策や本格的な対策方法がわかる
  • 災害対策の優先順位がはっきりわかる

国内唯一の個人向け災害リスク診断サービスです。

※全国対応可、一戸建て・マンション・アパート対応可

 災害リスクカルテは、過去345件超の物件で発行しています。それらの傾向から、約47.3%の物件で何らかの災害リスクが「高い」という結果となり、水害に関しては55%の物件で浸水リスクがある」(道路冠水以上、床下浸水未満を超える可能性あり)という結果が得られています。

 災害リスクとその備え方は、立地だけでなく建物の構造にもよります。戸建て住宅でも平屋なのか、2階建てなのか、また地震による倒壊リスクは築年数によっても大きく変わってきます。

レポートだけではない!建物の専門家による電話相談アドバイスも

災害リスクの判定・予測をもとに専門家がアドバイス

 既にお住まいになっているご自宅や実家のほか、購入や賃貸を考えている物件、投資物件の災害リスクや防災対策が気になる方におススメです。特に、ホームインスペクションを実施する際には、併せて災害への備えも確認しておくとよいでしょう。災害リスクカルテの提出はご依頼から概ね4日で発行が可能です(位置の特定・ご依頼の後)。不動産の契約前や、住宅のホームインスペクションと同じタイミングなど、お急ぎの方はまずは一度お問合せください。

■記事執筆者(災害リスクカルテ監修)

横山 芳春 博士(理学)
だいち災害リスク研究所所長・地盤災害ドクター

地形と地質、地盤災害の専門家。災害が起きた際には速やかに現地入りして被害を調査。広島土砂災害、熊本地震、北海道胆振東部地震、山形県沖地震、逗子市土砂災害等では発生当日又は翌朝に現地入り。
現地またはスタジオから報道解説も対応(NHKスペシャル、ワールドビジネスサテライト等に出演)する地盤災害のプロフェッショナル。