能登半島地震の概要
5月5日14時42分ごろ、能登地方(能登半島北東部)を震源とするM6.5の地震が発生しました(気象庁)。地震でお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災者の皆様に心よりお見舞いを申し上げます。
この地震では石川県珠洲市で最大震度6強を観測しており、既に公開情報をもとに「能登半島地震の特徴と被害・今後の注意点を解説 」のコラムを公開しております。重ねて、5月9日(火)に実際に被害の大きな珠洲市内を中心とした現地調査を行いました。ここでは、地下の「流体」が関与しているという説もある地震で、実際にどのような被害が発生していたか、今後の地震発生に際して気を付けるべき点はどこか、調査結果をまとめました。
調査地点は以下の通りです。被害が多く発表されている、能登半島北東部、珠洲市の飯田湾沿岸を中心に調査を実施しました。車で移動し、被害が目立った地点において徒歩で踏査を実施いたしました。正院町正院では、とくに地域内を歩いて被害状況を観察しています。
調査地点(地理院地図に20万分の1シームレス地質図を表示し加筆)
調査範囲の推計震度分布(気象庁HPより)
正院町正院における被害
正院町正院では、とくに複数の倒壊、大破した建物が確認されました。周辺の住宅は、2階建てもしくは一部2階建ての、能登地方に多い、主に木造在来工法で黒色の光沢のある能登瓦葺き屋根の住宅が目立ちました。徒歩で踏査してみると、地域内でやや被害状況が異なるようにも見受けられました。須受八幡宮を起点として踏査すると、南側に行くとやや被害が大きく、南西側に向かうと特に倒壊、大破した建物が目立つような状況でした。
正院町付近では「微動探査」による調査(能登地方の地震による建物被害集中の理由は?)が実施され、地域の南西側で被害が集中した理由について、表層地盤増幅率2を超える揺れやすい軟弱な地盤があったことなどが報告されています。また、正院地域の北西側には、地震観測点の「K-NET正院」の観測点があります。この観測点で観測された地震動は、「2023年05月05日 石川県能登地方の地震による強震動」によると、最大加速度676galと極めて大きく、周期1~2秒程度の揺れが卓越していました。このような地震波は「キラーパルス」と呼ばれるもので、古い木造住宅で被害を増大させることが知られています。
正院町正院付近の一部で建物被害が多かった理由としては、表層地盤増幅率が大きいなどの「地盤」の影響と、周期1~2秒程度の「キラーパルス」に相当する揺れの影響があったことが想定されます。
周辺では、ブロック塀の損壊、マンホールの突出(今回の地震前からの現象である可能性もあります)のほか、瓦やガラス、壁などの落下が至る所でみられました。住宅街で地震の大きな揺れがあった場合は、古い家屋の損壊やブロック塀の倒壊のほか、このような瓦、窓ガラスなどが落下してくるおそれがあります。離れた場所に飛んでくることもあります。車道の車などに注意して建物などの真下・近傍から離れ、広い公園や広場などがあれば向かうようにしましょう。急に建物内から飛び出すなども危険です。
須受八幡宮では、特徴的な被害がみられました。鳥居(2の鳥居)は倒壊は免れていますが、台石から柱は大きくずれ、その方向は社殿側であるほぼ北向きを示します。鳥居の東にある石塔(写真4枚目の西側石塔のみ東側に倒れる)、手水舎、東西の狛犬とも、真北方向に倒れていることがわかります。南北方向強い揺れによる倒壊の可能性(とくに南側への揺れか)が考えられます。
「K-NET正院」の観測点における地震動(2023年05月05日 石川県能登地方の地震による強震動)は、南北方向に大きな振幅を示していることと一致します。今後家屋の被害調査などを実施される方は、南北方向の揺れによる被害が発生していないかなど、是非ご確認いただければと存じます。
海側にある一の鳥居は倒壊したとみられ撤去された後でした。
鳥居の被害は各地の地震で良くみられますが、珠洲市上戸の上戸気多神社では、鳥居中央の貫部分の崩落がみられました。
一般論として、神社は高台にある場合、津波避難場所に指定されていることなどもあります。その通路にあることが多い鳥居は地震で倒壊、損壊しやすく、避難の際に注意を要するものと考えられます。実際に昨年3月の福島県沖の地震では、多数の津波避難場所の鳥居の損壊が認められました。
野々江町付近における被害
珠洲市役所から東にある珠洲市野々江町付近でも複数の建物被害を確認しました。建物の倒壊、壁や屋根瓦の落下、塀の倒壊などがみられました。応急被災度判定が進められており、赤色「危険」、黄色「要注意」の建物も多くみられました。
宝立町付近における被害
見附岩から北側にすぐの珠洲市宝立町の国道249号線沿いでは、2階建て住宅の1階部分が潰れているとみられる住宅被害がありました。乗用車も下敷きになっています。地震では家屋の損壊と共に、財産であり被災時にはプライバシーが確保できる避難場所ともなる自家用車が被害を受けることもあります。
飯田港における被害
珠洲市役所からすぐ南にある、埋立地である港湾の飯田港でも特徴的な被害がみられました。港湾の岸壁に沿った向きに地面に長く地割れ・ひび割れが伸び、10数cm程度の段差になっている場所がみられました。舗装がある地点では、陸側の地盤が沈下したようになり、隙間から多量の砂と水が流出した痕跡が認められました。
「珠洲市の港周辺で隆起発生 約20cm」というニュースがあり、地殻全体の変動と混同(珠洲市街地では水平、垂直方向とも1㎝代の変動のみ)があるようでした。しかし、現地での観察では特徴的な噴砂や水の吹き出しがあったことが確認されており、液状化によることを支持します。このような変状は、港湾部の地盤の液状化により海側に地盤が流動したことによる、背後(陸側)の地盤の沈下と考えることが妥当だと思われます。
港湾部にある建物では、建物の基礎部分と、流動して引っ張られたとみられる地盤との間が凹地状に沈下している様子もみられました。一部で基礎部分が大きくむき出しになっています。液状化は緩い砂地盤で、地下水位の高い場所に、強い地震の揺れ(継続時間等によりますが震度5強以上)が起こると、発生することがあります。吹き出た噴砂は貝殻混じりの海砂起源とみられ、液状化の起きやすい条件の場所であった可能性が考えられます。
なお、住宅地で地震時に大規模な液状化現象があった場合は、直接基礎建物の不同沈下、埋没、周囲の地盤の抜けあがり(数10㎝以上の段差)、マンホールの抜けあがり、それらによる地下ライフラインの途絶、路面・橋桁の段差などの被害が発生する場合があります。
正院町岡田のがけ崩れ
内陸の田園地帯を入った奥手にある、崖際の住宅では、裏山の崖から土石が流入している被害がみられました。報道番組でもたびたび取り上げられていた場所です。この付近の崖は、珪藻土の原料になる場合もある、珪藻質泥岩です。能登半島北部は珪藻質泥岩の一大産地でもあり、七輪やコンロのほか、レンガや吸着剤など、高い断熱性や成型の容易さから様々な用途に用いられています。
珠洲市正院町岡田では、最大で約25mの高さとみられる、石切り場の跡のような場所がみられました。この切り土斜面の延長部の崖下にある家に、珪藻質泥岩が崩れて住宅になだれ込んでいる被害がみられました。珪藻質泥岩の一部は前面道路にまで達しており、拾ってみると非常に軽く、風化しているとボロボロ崩れて手で容易につぶれるほどの「軟岩」ですが、大きく崩壊することで被害を与えています。珪藻質泥岩の性質もありますが、急な切土斜面やがけの付近では、大きな地震や豪雨の際にはがけ崩れが起こる危険性には要注意です。台風などであれば事前に避難ができることもありますが、急にやってくる地震では事前の避難ができません。
見附島の被害
見附岩(軍艦岩)は、能登半島のシンボルの一つとも言われる景勝地で、静かな飯田湾の海にそびえ立つ高さ28mの奇岩です。周辺の山を構成する地質と同じ珪藻質泥岩からなり、岩体が浸食や崩落していって今の形になっていることが考えられます。昨年6月に発生した最大震度6弱でも一部が崩落していますが、5月5日の地震でも一部が崩落。土煙を上げている姿がSNSなどにアップされていました。
もともと、岩体が崩壊、また波などで浸食されて今の形になっているもので、崖はいつか崩れるものであるともいえます。人が住んでいたり、入ることで被害がなければそれは自然災害ではなく、ただの自然現象といえます。不安定な状態になっている場合には地震などがない日でも崩落がある、地震があると大規模に崩落する可能性を考えた利用が望ましいでしょう。
何が起こっていたか?
以上、石川県珠洲市で被害が大きかった地点の調査によって、以下のような被害が発生していたことが判明しました。
・耐震性の低いとみられる家屋の倒壊・損壊
・ブロック塀の損壊・倒壊
・家屋の倒壊に巻き込まれた自家用車
・屋根瓦・窓ガラスなどの落下
・鳥居、石塔、狛犬などの倒壊・転倒
・壁の落下、塀の転倒
・港湾部では地盤の液状化によるとみられる地盤沈下
・斜面が背後にある住宅では、崖の崩落
発生原因が地下の「流体」が影響しているという説もあり、発生メカニズムが異なる点はありますが、現れている被害が特殊と言うことではなく、ほかの多くの地震で見られる被害と共通しているものでした。必要な対策とはほかの地域と変わることはなく、地どのような被害を受ける可能性が有る立地・住まいに住んでいるか事前に知り、どのような対策・備えをするかが重要でしょう。
軟弱な地盤の地域では激しい揺れ、揺れが大きかった地域では耐震性の低い家屋から倒壊・損壊、ブロック塀の倒壊、家具や家電などの落下等、崖沿いではがけ崩れ、埋立地などでは液状化現象など、被害の傾向や起きやすい傾向はあります。
地震に対して本当に強い家とは、以下の3つの条件があると考えます。
- ①地盤の地震に対する特性や切土・盛土の特徴、液状化エリアといった「立地」
- ②建物の耐震等級、設計・施工に関わる「初期性能」
- ③初期性能を長く維持していくための制振ダンパーや蟻害、雨漏りを防ぐなどの「性能維持」
本当に地震に強い家とは?
能登地方以外でも、千葉県や北海道、沖縄県などで地震が多発しています。地震は全国どこでいつ起きるかは分かりません。都市部などを中心に、大きな揺れに見舞われる確率の高い場所もあるでしょう。地震が起きてから後悔するのではなく、事前に必要な準備を行っておきたいものです。
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■記事執筆者(災害リスクカルテ監修)
横山 芳春 博士(理学)
だいち災害リスク研究所所長・地盤災害ドクター地形と地質、地盤災害の専門家。災害が起きた際には速やかに現地入りして被害を調査。広島土砂災害、熊本地震、北海道胆振東部地震、山形県沖地震、逗子市土砂災害等では発生当日又は翌朝に現地入り。
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